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第8章ロジャーズ博士の教育論(10)
[結び]
私がロージャズの論文に初めて接してから既に2年経過した。この間、18巻の全集と8巻の別冊集を公共図書館で対面朗読してもらった。肝心の臨床心理学を深く理解するには、まだかなりの時間がかかるだろう。しかし、それでも多くの事を学ぶことができた。
第一は、彼の50年間に及ぶ論文の変化、進歩を感じたことである。根幹には一本の、変わることのない「人間中心主義」が貫かれている。そして次第にいろいろな方向へと展開し、新たな理論を構築していく。その間に多くの仲間との連携、共同研究が行われ、更に全く反対の立場にある人々との論争も多くなされている。自らの理論を正当化するために、「科学」が進められていく。多くの参考文献により論理展開がなされている。このダイナミックな研究の姿勢は全く驚嘆に値する。
第二は学派の盟主になることを極端に嫌っているにもかかわらず、ロージャズを中心とするグループが形成されていく。その度に彼は大学を変え、あるいは研究所へ身を移す。ここの所は非常に興味深いところである。アメリカ的であるといえるだろう。研究の責任者としての立場は絶対である。大学、研究所を移動するということはより良い研究ができる条件が示されている事を意味している。特にシカゴ大学から、ウイスコンシン大学、更にカリフォルニアの西部行動科学研究所へと移転するあたりは、日本では考えられない行動である。同じ所に永くいると、いろいろな問題が生じてくるものだ。それを嫌って研究環境、条件の良い所へ移っていく。地位、名誉を求めず、あくまで自由な研究に価値を求めているようだ。見方を変えると、彼が移動するということは、予算も主要なメンバーも彼の思い通りに移動する。これは個人主義のアメリカでは常識なのだが、日本人からは理解しがたい。プロジェクトはスムーズに移動できるが、残された部門には大きな穴があく。ここのところが日本人には分かりにくい。しかしそれがアメリカ的なのだろう。あいた穴は別のチームを編成して新たに出発するだけのことである。
第三は臨床心理学の位置付け、目的について考えさせられる。彼の立場は臨床心理学を社会科学として位置づけ、社会における、「心の悩み」、「より良い人間関係」に役立つ治療(セラピ)を行うことであり、それを広めるための人材の育成であり、その為の理論構成である。だから、社会科学でなければならないし、それも自然科学に近いというべきだろう。即ち、科学的な取り組みをすることにより、普遍性、公正さ、そして最大の効果を求めることになる。
これに対し日本では、多くの心理学は文学部にあるという。勿論教育心理は教育学部に属しているのだろう。ということは日本の臨床心理学は科学的な研究ができないか、ほんの僅かしか行えないと言う事になるのだろう。その結果、社会に影響力を与える、あるいは社会に必要なシステムとしての臨床心理学の位置付けが弱体なのではないだろうか。
日本には現在、国家資格としての心理治療士がないという。本当に「これでいいのか」と、私は誰に聞けばいいのだろうか?
現代社会は複雑なストレスを日々増大させている。その為に多くの子供たち、若者たち、サラリーマンたち、経営者たち、そしてあらゆる階層の人々が、悩み、苦しみ、人間関係に傷ついている。
ケースワーカー、カウンセラー、セラピストなどの心理学を学んだ専門家がしっかりした国家資格を持って社会の色々な場面に配置されており、必要なカウンセリング、セラピーが行える社会システムが本当に必要なのではないのか?
それはあらゆる教育機関、公共機関、企業などに配置され、必要なネットワーク化が組織作りされているべきなのではないだろうか。まさに心の専門家が社会的に機能するようなソフトウエアが求められているのに、実際は何処に本当の専門家が居るのか、居ないのか私には分からない。精神科の医師でなく、臨床心理治療士や相談員が大幅に必要なのではなかろうか。
昨今の子供たちのいじめ、少年による凶悪犯罪、多くの自殺者、ゆがんでしまった人間関係などを少しでも減少させるには、「心の専門家」をどうしても社会システムに組み込まむ必要がある。そうしなければ、社会が成り立たなくなってしまったのではなかろうか。
私は具体的に次のような提案をしたい。
<1> 臨床心理治療士に国家資格を与え、心の悩みや人間関係改善を行わせる。
<2> 大学に心理学部を設置し、大学院も併せて臨床心理にたずさわる専門家の育成をはたす。
<3> 教育機関、公共機関、病院、福祉施設、企業などに必要な数の国家資格をもった専門の臨床心理治療士、相談員を配置する。
<4> 国、大学、企業によるコンソーシアムによって、「人間行動科学研究所」を設置して、心の科学、人間関係への科学的アプローチを研究、開発すると共に、人材育成を図る。
<5> 中学、高校において人間関係学の初歩的教科を教え、学ばせる。大学では人間関係学を出来るだけ多くの学生に学ばせる。
こうしたシステムを大至急、国家プロジェクトとして進めるべきであると考える。
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