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大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 50 − [FMICS BIG EGG 2000年2月号より]
by  鈴木健夫

 第8章ロジャーズ博士の教育論(3)

(ロージャズ全集第5巻「カウンセリングと教育」の第8章「意味のある学習の促進」を縮約引用)
 「意味ある経験学習に関連した考え方」
 今後20〜30年もすると、上に述べたような考え方を根本的に揺り動かすような教育の革命があるだろうというのが、私の信念である。
 この様な教育革命を信ずる理由は、我々の文化が従来の教育のもとで、はたして発達するかどうか疑問に思うからである。我々の文化は既に、受動的で既成の狭い知識しか持ち合わせていない。しかも思考方法がかたくなで、新しい知識や答えを見出す「過程」に、何の意欲も示さないような国民を造り出している余裕はない。この教育への新しいアプローチは、いかにして学習や変化の過程を結びつけて教育の場の経験として、最も深いものにするか、ということである。
 これに対する解答を考えるとき、自ら新しい考え方が現在のものに取って代わるものと信じ、次にあげる一連の考え方は、それを押し進める試案になるものと思う。
(この論文は1965年頃に米国で書かれたものである。)

 1.第一に、「人間は生まれつき学習に対して潜在的な可能性を持っている」
 人間はだれしも周囲の世界に好奇心を抱き、迷いながらも前進したり学ぶことに意欲を示し、学習の機会があれば建設的に物事を運ぶ能力を有するものである。学習や新しいものを見つけていく可能性は、別の項で述べるような適切な条件のもとで発揮される。
 要するに学生たちの学習に対する欲求は、信頼出来るということである。

 2.「意味のある学習は、「学習する主題が、学生自身が、自分の目的と関係があると感ずるときにおこるものである」
 学生個人が何か達成しようと思う目標をもち、それに関係あるものを学習するとき、非常に早い速度で自分のものにしていく。青年が自動車の運転を覚えるのに、一体どれくらいの期間がかかるだろうか。もし学習主題が自分の目標と関係があると感じられるなら、学習に要する時間は、一般に予想される時間に較べて、実に僅かの時間で事足りるものである。多くの資料から、3分の1または5分の1の時間で済むことが実証されている。

 3.「意味ある学習は、行動を通して行われる」
 学習者が直面する問題を旨く処理しようとするとき、効果的な学習が促進されることが多い。
 教師、医者、農業従事者などに対して行われる強化合宿は、直接身近な問題に直面する人たちを対象にしているので良い例になる。また、演劇グループが何を上演するかとか、そのキャストを選んだり、背景や衣装の製作をしたり、俳優の指導や切符を売るなど、その活動に夢中になっているときも、同様の結果を生み出していることになる。

 4.これは3.と密接な関連をもつ考え方又は仮説として、「学習は、学習者が責任をもって学習過程に参加しているときに容易に興ると言える」
 自分の進む方向を選び、学習の資料をみつけようと努力し、問題を整理して自己の行動方向を決定し、そのそれぞれの選択の結果に基づいて生活をするとき、意味ある学習は最高潮となる。この様に積極的な参加を通しての学習が、受動的な学習よりも断然効果があることは教育の分野は勿論の事、産業の分野においても事実となっている。

 5.「学習者の全人格による学習即ち、知能はもちろん、感情も含めた自発的な学習が、最も深く浸透し、また長続きのするものである」
 我々はこの事を、サイコセラピー(心理療法)の中に見出す事ができる。その中には、自分自身による最も効果的な、全てを傾注した自己に対する学習がある。これは首から上の学習ではない。もっと深い部分にいきわたる内蔵レベルの学習といえる。それはまた、新しい自分を創り出そうとする試みの中にも興りうる。即ち、難しい技術の習得や、絵画、詩、彫刻などの芸術創造活動などにおいてである。
 最も重要な事の一つは、その場面場面において学習者が、学習するのは自分自身であり、更に深い学習に直面したときに、続けるか放棄するかを、権威者の判断に基づくのではなく、自身で決めていくのだ、と認識している事である。

 6.「学習における創造性を産むには、自己を客観的にみつめることと、自己評価が基本になるものであって、他人による評価は二の次である」
 創造性というものは、自由な空気の中に開花する。学究の世界は勿論、産業界においても、最上の研究組織は、その仕事が創造性を必要とすればするほど、外部からの評価は効果の少ないものである。自分自身の努力に対しては、自分が評価することを認められていなければならない。

7.「最後に現代社会において、社会的に見て、最も有用な学習は、そのプロセスを学ぶことであり、自己の経験に対して開かれ続けることであり、変化していくプロセスを自己の中に統合していく事である」
 この事については、教育の第2のタイプの目標について述べた際、既に記述した事である。

(私(鈴木)の37年に及ぶ会社での経験からも、同意できることが多い。そして気付くのは自分でテーマを決めて取り組んでいくことが大きな成果をもたらすことである。)


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