| 第8章ロジャーズ博士の教育論(2)
(前項からのロジャーズ博士の論文引用の続き)
我々は過去に与えられた解答に拠り所を置くのでなく、物理学者のように新しい問題に対処していく過程の中に身を置かねばならない。
このことは教育の新しい目標を示唆している。学習法方を学んだり、変化していく過程に対処出来るようにすることは、現代社会に合致した教育の基本目標になる。我々は知的で、知識が豊富なしかも識別力のある適応性に富んだ人物、更に変化していく過程に効果的に自分を活かしていけるような人間を作らなければならない。この様な特徴は次のような人にのみ発展していくものである。
即ち、「意味のある学習」が脅威的なものであっても、断然実りの多いものであることを発見した人たちである。また、危険を侵しても自分の経験に拓かれており、自己内部の感情と反応を経験したり、自己外部の感覚の事実を経験することに満足している人たちである。
この様な人こそ変化していく過程の中に生きている人であり、絶え間なく学習する人であり、早いスピードで生ずる社会事象の変化にも建設的に対処できる人でもある。この様な人は、固定した観念に捕らわれているよりは、ずっと快適に生きることができ、新しい問題に適切に対処する能力は、昔からのものの繰り返しよりもずっと重要だということを学んだ訳である。
これが教育の新しい目標である。
[教育における二つの仮説]
現代の教育に内在する考え方
現代米国の教育制度を小学校1年より大学院までの全てのレベルで考察してみると、また、教育者の行動からその拠り所としている仮説や思想を要約してみると、次の様になる。
1.「学生という者は自分の学習を自ら遂行していくかどうか信用できないものだ」
大多数の教師や学校関係者の態度は学生を信用していない。彼らは学生の目的や願いが正しいかどうかについて疑い深い。学生が従わなければならない道を歩ませることに一生懸命になっている。学生が学習は自分の問題だということをよく認識したり、自由に学習を進めていく状態にあると感ずることは稀なことである。
2.「問題の提示、即学習」
このことはどのカリキュラムや授業計画をみても明白である。また、教授会があるコースの必修としてどの様な問題を取り入れるかを決定しようとしているのをみれば、更に明白である。その場合明らかに、学生の前に用意して学ぶように指示すること、即ち学習される事項、ということになっている。
授業時に学生たちの実際的な経験を引き出そうとする方法を用いてきた教師なら、誰しもこの考え方は正しくないことを知っている。けれども現実にはこれが普通のことになっている。
3.「教育の目的は、実用的知識を一つ一つ積み重ねていくことだ」
知識の土台は当然なければならない。この様に明確に定義づけられる素材は、学生たちが自分自身について学習を進めることができるようになるまでに、身につけていなければならない。この考え方は忘却曲線についてのわれわれの知識と、真っ向から対立するものであるが、まだ問題にされないままになっている。
4.「真理は既知のことだ」
殆ど全ての教科書では、知識は疑いのないものとして示されている。科学、歴史、文学、その他ありとあらゆるものについて、これは事実だ、という形で示されている。
全ての分野において、学生たちが知識を探求していくことが重要なことであり、既に得られた知識はわれわれが系統的に利用できる重要な前提になりうるに過ぎない、ということをはっきり知る機会はほとんどない。
5.「建設的で創造的な市民が、受動的な学習者から生まれる」
現代の複雑な問題に対処する、自立性と独創性を持って、建設的に行動できる善良な市民を造る、ということには全く異議のないことである。
しかし、教室におけるほとんどの学習は、小学校から大学までのどのレベルをとってみても、教授者や教育関係者が提示する材料を、学生が当然学ぶべき物として選択したものを、ただ受動的に学ばせているだけである。これが一般的に独立的な市民を養成している実態である。
6.特にアメリカの教育で普遍的な考え方は、「評価即教育、教育即評価」という事である。
あるテストが済むと続いて次のテストの準備をする、というのが学生の生活になっている。そこには本質的な目標についての考えが殆どないと言ってよく、付随的で表面的なことが非常に重用視されている。学生が一体自分はこの問題のどこに、この本の何に興味を持っているかということを考えたり、人生のこの点に関しては、自分はどの様に対処してきたか、と自問してみることは極めて稀である。問題はただ一つ、試験には何が出るか、ということだけである。
こうして徐々に、教師、学生、両親たちは、通知表と成績評価が教育を構成しているのだと思うようになってきた。
ある教授が学生に対して、このコースを学ぶことによって得たものは何かと問うてみると、その学生は、Bランクをとりました、と答えた。こういう制度のもとでは当然のことかも知れない。
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