| 第七章 エピローグ(八)
前項で自立した地方自治についてふれた。画一的な日本から、自主独立した地方自治の創造こそがこれからのあるべき姿としてふさわしいのではないかと思う。それは自立と公正な競争のうえにこそ安定した地域社会が創造されるだろうからである。地方が中央に頼りきり、独自の生き方を創り出せず、ぶらさがり自治を続けていては、もはや中央がもたないのである。右肩上がりに経済が伸びている時はなんとか地方への予算分配も可能であった。しかしこれからは低成長しか期待できそうもない。そして安定的に維持するためには、地方が自主独立の精神でそれぞれに独自の「地方」を創造していかねばならない。
自主独立した地方の創造の仕方には、いろいろな方策もあるだろうが、その一つが地方の大学を核とした「大学コンソーシアム」ではないかと言いたいのである。この事については、もうすでに多くの紙面を費やした。ここではイギリスのある大学コンソーシアムについて見てみよう。
英国王立盲人協会(RNIB; Royal National Institute of the Blind)という団体が英国内で進めている、盲人のための自立した生活訓練並びに職業訓練の事業で、地方の数校の大学(College)とのコンソーシアムにより多くのプログラムを盲人に提供している。大学は職業的専門教育を担当し、RNIBは生活訓練を含むケアを主に、そして職業選択の仕方並びに仕事へのアプローチを担当している。
まずRNIBの目的は、視覚障害者たちが適切な仕事を見つけ、それを維持し、それを進歩させていくことである。労働市場での就労競争の場で打ち勝っていくために必要な多くの技術を身につける事も目的の一つであるし、さらには、視覚障害者が何が出来るか、何をどの様にしていけるか、ということを、雇用者が自覚と認識を高めるようにすることも、もう一つの目的なのである。
RNIBの行なっている職業リハビリテーションは、新しい電子機器やその他の機器と技術によって、今日の商業・工業が要求するものに合致するようにプログラムが作られており、そこに旨く反映されている。そして目まぐるしく変化する技術と、絶え間なく新しくなっていくソフトウエアや職場でよく見られる新しいやり方に遅れずについていけるように努力している。そのリハビリ対象者は全盲あるいは弱視の中途障害者や若い学生たちである。また彼等への職業指導は徹底的に行なわれ、いろいろなテストやカウンセリング、多くの面接と実際の仕事を体験させる事などにより、潜在力を引き出して進むべき方向を選択させている。その上で職業訓練を受けたり、より高度な教育を受ける為のカレッジ探しをするのである。
生活訓練は非常に丁寧であり、自立した生活が出来るように、普通の社会人として認められるように細かなところまで目が届いている。例えば身支度や、清潔なそして健康な生活が送れるようにこまやかに気遣い、心遣いが為されている。
大学(カレッジ)では、視覚障害のある学生に対し高度な職業的専門教育を提供している。その中でサウスデボン大学では視覚障害のある学生に、700コースものプログラムをフルタイム、パートタイムの選択に供している。カレッジへの入学はRNIBの評価が必要とされ、それは視覚障害の程度や社会生活リハビリの訓練状況などが評価され、また当然ながら学力も評価される。そしてカレッジでのカリキュラムに学生が確実に、健常者と同じようにアクセスしていけるか、どの様な追加的な補足的なサポートの質と量が必要となるかを大学に示している。このほかにもいくつかのカレッジがそれぞれ得意のプログラムをRNIBとの協力により視覚障害者に提供している。そして卒業後にはその専門を生かした職場に就くということだ。
ここでまとめてみると、RNIBの社会生活全般に対するリハビリと専門教育を授けるカレッジとの見事なコンソーシアム協力によって、視覚障害者が健常者と同じようにいろいろな職業に就いているのである。更に就労後のフォローもRNIBによってサポートされている。これだけの支援体制が整っているからこそ視覚障害者にも自由な職業選択が補償されている。そして障害者を受け入れた企業に対して充分な取組方のプログラムを提供し、企業も如何にして障害者と旨くやっていけるかについて努力し続けている。なんとも視覚障害者にとって羨ましい有り難いシステムであろうか!
素晴らしい「暖かさ」を感じる話である。経済的には成り立たないシステムだから、企業や大学に国が補助を与えている。それにしても、「揺りかごから墓場まで」と言われるイギリスの福祉は現在の日本と較べると、あまりの格差に唖然とするのである。しかし、考えてみるとイギリスでも初めからこの様に厚い福祉が沸き上がってきたのではないだろう。多くの試行錯誤の結果、現在の姿に成長したのだと私は思う。地方が特色のある自治を育んでいくための貴重なヒントの一つなのではなかろうか。
日本の視覚障害者も大学への門戸は大分開放されてきた。しかし折角大学を卒業しても就職できず、悩んでいる多くの障害者に会って話してみると、ここに記述したような障害者への職業支援システムが欠落している「悲しい日本の姿」が浮き上がってくる。「気づかい」はするけれど、「心づかい」はどこかへ忘れてしまったのだろうか?
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