| 第七章 エピローグ(二)
医師免許取得者が何もチェックを受けず一生涯医師であり続ける今の制度は果たして安心して彼らに医療をまかせておけるだろうか。日進月歩の医療の知識や技術の更新、補習などを制度化して医療レベルを維持していく必要性があるのではなかろうか。日本もこれからは労働者の資格や免許を「取得時」のレベルチェックだけでなく、社会的重要度に合わせて3年5年10年などの「更新制度」の導入を図る必要があるのではないか。更新の手段としては出身大学や居住地近くの大学で一定の単位を取るか更新テストを受けるなどの選択を与える。この様に大学は資格や免許の能力レベルの維持に責任を負う。弁護士や医師だけでなく教師や行政官など知識や技術、モラルのレベル維持が必要となるものについて、大学や専門教育機関が責任を持って更新にあたる。こうすれば本当に実力のある資格者や免許者が継続的に保持されることになる。更新テストを受けない者は違法就労となる。期限切れになった者はより難しいテストを受けなければならない。国や機関が資格や免許を与えるということは当事者が当該知識や技術、モラルを維持しているか否かを誰が保証するのかを明白にすべきであろう。そうでなければ彼らに高い費用を払ったり大切な仕事を任せられない。この真の意味での実力を持った専門者集団を組織化して「組合」をつくる。これは専門的知識や技術、モラルを保持し、レベルを維持していることの証明であると共に、彼らの権利を保護したり、共済したり、その他社会活動に必要な支援をすることにより、個人としての専門者集団の育成を計っていく。日本にも職能別労働組合を専門職毎につくる時期がきたのではないかと思う。
これまで多くの企業内労働者、特にホワイトカラーのサラリーマンはほぼ全員が中途半端なゼネラリスト教育を受け、会社の都合でどこの部署へ転勤させられても抵抗なく受け入れ、新しい職場で企業戦士として働くことを要求されてきた。勿論これは終身雇用と企業内労働組合に裏付けされた日本的経営そのものであり、それと企業が拡大し続けるという仮定が前提であって、これからの成熟期を迎えると予想される経済社会の姿ではなかった。構造改革に伴って日本も本格的な「労働の流動化」を迎えることになる。でなければ企業は国際競争力を失い沈んでいく。再就職に当たっては、「私はこの仕事が出来る、この仕事が得意だ」と専門的職域・分野をはっきり言えることが必要だ。ここで言っている労働者の専門分野毎の労働組合があれば、再雇用先との交渉や調整がスムーズに行える。組合は労働者の専門的分野やその水準を保証するからである。そして、その学問的裏付けをするのは「大学」なのである。
こうして見てくると、大学はこれからの日本を支える新しい労働者の「母校」となる役割を担っていく必要がある。即ち大学は知識労働の母胎となって職業的専門的学問の母校としての知識・技術・モラルの知的根源であることが要求されるということだ。
米国の大学生は高校卒業後、現役入学組と一端社会で働いた労働者が更なるレベルアップを図りたいために大学教育を求める社会人組とが半々だそうだ。このように社会構造改革の後には「社会人教育」という大きなマーケットが待っている。だからこれからの大学改革では職業的専門教育がしっかり与えられる「教育プログラム」が用意されなければならないだろう。例えば専門分野とは弁護士、政治家、行政官、医師、薬剤師、教師・カウンセラー、ジャーナリスト、公認会計士、更に企画・計画、調査・分析、情報処理、マーケティング、金融商品作成など実務的職業的専門領域である。この大学における職業的専門的学問とは第三章で述べたと思うが、企業や社会と大学を相対化する、いや、それらが共生する最も早い近道なのである。これまでは、これら職業的専門的学問とはかなり離れた専門的学問だけが大学教育のメインプログラムであり、社会人に魅力のあるプログラムではなかった。日本型経営、とくに終身雇用と企業内組合がうまく機能していれば、これまで通り企業内教育で企業が必要とする専門教育を施すことができた。けれども、「労働の流動化や自由化」を迎える21世紀の多くの企業は労働の質とそのレベルを賃金で評価する時代になれば、大学に職業的専門教育をゆだねざるをえないだろう。98年春から話題になった山一証券の36歳以上の再就職が極端に難しいのは、特定企業の社風に染まりきった中高年者は他の企業では通用しないということだ。しかし、個人が何らかの専門的職能を持っていれば労働の流動化に対して恐れることはないのである。
行き詰まったように見える現在の日本社会を立ち直らせる処方箋の一つとして「労働の流動化に対する温かいシステム」を構築することは、あまり関心を持たれていないようだが、私は大切な視点だと思う。企業や団体のリストラは避けられないし、その受け皿を造ることは必要である。しかし中途半端なゼネラリストばかりでは新しい職域は開拓できないと思う。しっかりしたスペシャリストが存在しなければ日本の再生は期待出来そうもない。大学が描いていた専門職に対するこれまでの見方は180度方向転換しなければならない。そして大学は専門職者を育成する機能を早急に確立する必要がある。加えて外国からの専門的労働者を受け入れて労働の質を競うという社会システムを普及させる。こうして自由化を促進していけば自然に労働の流動化も進んでいくだろう。
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