NTS教育研究所NTS教育研究所
ホーム教育を考えよう:大学を考える大学再生の可能性をさぐる


大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 37 − [FMICS BIG EGG 1999年1月号より]
by  鈴木健夫
第六章 多摩地域での大学コンソーシアムの提案 (十一)

4:社会生活型技術開発を推進するための研究所を設立・運営する事業

 ここで言う技術開発分野は、高質な社会、知恵づくり社会等と言ってきた近未来の我が国の社会において、より快適なより利便性に富んだより心豊かな社会の実現のために行われる技術開発−「社会生活の向上」という言葉でくくれる分野の話である。だから、社会生活−福祉、環境、安全、市民生活に係わる技術開発分野ということだ。この分野の技術開発の特長は社会システムに組み込まれた生活そのものの改善につながるものや、もう少し個人レベルに近いものでも、障害者、高齢者、幼児など社会的弱者の生活改善の技術開発を指している。

 車そのものの性能、安全、経済性などのための技術開発ではなく、車生活、車社会をこれからの狭い日本でうまく機能させていくための技術開発のことである。

 視力障害者について言えば、これまでの白杖と点字ブロックや点字板とテープレコーダーなどの生活利便材だけではなく、理想的に言えば、人間の五感を越えて六感、七感にも踏み込んだ「技術分野の総合的な洗い出し」により視力に係わる生活感覚を作り出したり、その活用によって便利な新しい視界をもたらすような発明、技術開発を言うのである。

 ここで技術の総合的な洗い出しとは、開発者だけが取り組むのでなく、自治体や、企業、生活者も、揃って開発テーマや目標等を色々な視点からチェックしたり、意見を出したり、点検したりすることをイメージしている。

 これまでの単品制作の技術開発コンソーシアムではなく、社会生活全般に眼を向けた新しい技術開発体制づくりをもくろんでいるのである。もしこれを実現していくとすれば、大学コンソーシアムが非常に有効である。自治体もこの部分まで人や金を注ぎ込む用意が必要になってくる。その成果は新しい地方や地域の出現としての証となるからである。その地域とは世界に発信していく地域である。世界から東京ではなく、多摩が知名度を得るようになることが、これからの地方の時代を目指した方策と考えたい。

 この技術開発研究所からのアウトプットは企業に大きな利益をもたらすという期待よりも、社会生活の向上とか生活の価値観を変えるような発見発明が期待され、それらは世界に発信され、「多摩」の名が世界に響く。嬉しい限りである。

 今までは自治体、住民、企業、大学はそれぞれ自分たちだけの方を向いていた。このコンソーシアム構想はそれらが一体になり、同じ目標に向かってそれぞれ役割分担して汗を流さねば実りはない。個人、個性が公共に近づく努力、またその逆も共に名を惜しんではいけない!

H.多摩地域大学コンソーシアム
 この提案はこれまで述べてきた本稿の結論としたい案である。これまで提案として掲げてきた多くの案がそれぞれ各事業部として機能するようなコンソーシアムが私が思い描いている案に近いのではなかろうか。つまりこの第6章全体がひとつのコンソーシアムなのである。これまでに述べている各節各項はそれぞれが事業本部、事業部あるいは個々のプロジェクトといった感じなのである。本来の目的は大学がコンソーシアムに係わることによって、その地域の開発や発展が推進される、あるいは貢献できるという目標を描いている。大学と地域住民、行政、企業が互いに補完し合って、共通のテーマを同じ土俵の上で議論し情報を共有し、意見の異なる部分は、どうすれば目的や目標を外すことなく、できるだけ近いところで折り合いをつけられるか。またはアウトプット(成果品)として世に問う型となるのか。大学が係わることによって、より良い方向に進むことができるのか。
 本稿本文中においては、コンソーシアムの組み方によって、
1 大学のイメージ、役割や機能のレベルアップにつながるもの
2 地域貢献(行政や市民)に資するもの
3 地域企業への貢献に直接的に寄与し、合わせて複合的に地域社会に貢献するもの
等に大別される。相対的評価として一般的に考えられることは、前段階では大学がより大きく機能し、後段つまり、実施レベルに近いあたりからは民間企業の係わり具合が貢献度を増すだろうと予想される。

 いずれにしても、地域の発展にとって大学がどれだけ期待される存在になっているのか、あるいは努力できるのかが真に問われているのである。そして、これらの実現のためには、大学は企業の利益追従には加担しないと言う「妄想」から解放され、地域発展に共存・共栄する道を選択することである。

 この大学コンソーシアムの実現にとって、大学院の果たす役割は大きいと想定される。院生がコンソーシアムに直接係わるケースが色々予想されるからである。日本の学生はあまりにもペーパー学士が多い。社会フィールドでの試練が欠如している。そのフィールドのためにも、是非大学コンソーシアムを立ち上げていってもらいたい。社会とのオープンな接点としてのコンソーシアムの位置づけが大切である。


皆さまからの読後の感想をお待ちします。
Email:
st-1@mvg.biglobe.ne.jp

このページのトップへ▲
ホーム教育を考えよう:大学を考える大学再生の可能性をさぐる