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大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 34 − [FMICS BIG EGG 1998年10月号より]
by  鈴木健夫
第六章 多摩地域での大学コンソーシアムの提案 (八)

3:基礎科学研究所、大学院大学併設事業
 日本の研究開発分野は応用研究や開発研究は盛んであるが、基礎研究の分野は低迷している。これからの日本は世界に向けて基礎研究の成果を分かち与える役割を担って行かねばならない。基礎研究は長大な時間と資金(投資)と回収が釣り合わないものであるから、国費補助を充分行わねばならない。この合意形成は当事業成立の前提条件である。もちろん企業からの基金導入も行うが、こちらは応用研究が対象となろう。基礎研究は国民的財産形成であるという認識が必要になってくる。そして一方、これからの日本の大学教育は大学院の充実がますます必要になってくるのだが、日本では多くの場合、大学院は大学の付属機関的位置づけの大学院が大多数である。理由は経済的、人的、需要的要素等によるとみられるが、圧倒的に経済的理由によると見られている。

 日本もこれからの大学教育はその頂点として質的シンボルとして独立した大学院大学を立派に確立させねばならない。この事業計画は独立した大学院大学設立の可能性を探るプロジェクトなのである。

 資金調達は基礎研究をしっかり充実させることにより国費補助を仰ぎ、応用研究に対しては民間からの基金を促すようにする。国も民間も常に一定の補助を続けることは困難だから、互いに補完し合う状態を最初から想定しておく。運営面では、研究所及び大学院の質やサービス等のレベルチェックを厳重に行う。そのために監視機関を設ける。質の向上と維持、更に相当の成果が企業にとっての投資対象であり、国としても国民からの合意形成が得やすい。研究所と大学院の併設は人的な面でおおいに互いに利するところが大きい。

 全体施設の環境もこれまで日本では見られなかった立派なものをつくる。敷地は広く自然環境と釣り合った雰囲気を持ち、スポーツや気分転換施設、ミーティングやコミュニティー施設、宿泊施設等も充分配慮されたものとする。

 我が国は平和憲法のもと、軍事研究は国として係わらない。それに代わる平和維持のための研究機関なのである。だから世界中から優秀な研究者が集まってくれることだろう。

研究者の主体は自然科学系の学者が大半となろうが、人文、社会系の著名な学者も加えて研究テーマの選定や社会システム上の提案、生活向上面等の分野での意見を発信していく。平和目的の研究機関であればこそ、その辺の配慮が必要となる。研究インフラの充足はこれからの日本にとって重大かつ切実なテーマなのである。


4:教員助手派遣事業
 現在我が国は未曽有の教育危機が叫ばれている。小、中、高の教育が最も重傷だとされている。諸悪の根源が偏差値にのみ依存した大学入試システムにあることは多くの人々により指摘され、今後種々な方法により解決に向かうと考えられる。しかし、今のままの小、中、高教育で最も問題視されているのは、生徒個々人の詳細な観察、指導に基づいた個性の成長を促す教育がなされていないことである。また今の教育は哲学、倫理学、心理学、社会学等にしっかりと支えられた「人間学」がなおざりにされていること。言い換えると、それぞれの段階的学歴に見合った充分な「教養」が教育されていない。子供の人生にとって実になる教育が行われていない。修辞学とでも呼ばれるべきなのか−言葉、言語−日本語学が弱い。話す、聴く、読む、書くことの力量が非常に低レベルなのである。いわゆる民主主義が身についていない。自由勝手な無責任な戦後日本的民主主義に代わって、真の民主主義を若い世代からしっかり教育すべきである。

 このような教育がなされていれば「いじめ」に代表される小、中、高教育の最も深いきずは癒されるだろう。そのためには現在の教員体制だけでは無理であろう。生徒に接する時間がない。塾まがいの知識詰め込み型教育に偏ってしまい、倫理や教養、人間形成に費やす時間がとれない、と現役教員側はそろって言うことだろう。

 これの解決のためには充分な数の正規教員を増やすか、補助教員を臨時的に増加させることだろう。前者は10〜20年後を考えると大量の教員解雇を前提とするのに対し、後者は体験充分な熟年層(60歳〜70歳のリタイア組か40歳〜50歳台の母親の子育て卒業生)に的を絞って力添えを頼む。費用の点でも後者の方が割安だ。いずれの方法でも良いが、今、日本はこの部分に金をかけてしっかり教育の基礎を固め直さねば将来に大きな憂いを残すことになる。

 大学コンソーシアムにより熟年層の教員研修を充分行い、現役教員に支援隊を送るという制度が考えられる。当然ながら受け入れる学校側も教員と補助教員もうまくやっていけるシステムづくりが必要になる。これについても大学コンソーシアムは充分な支援ができるだろう。また、この制度を実施すれば、ペーパー教師への就業の場をつくることにもなる。

 アメリカでは教員1人あたりの生徒上限は20人だと言う。創造力、自立した自由人、自ら学ぶべきテーマを持って大学受験するなど次世代を背負う若者はこのような制度改革でしか期待できないのではなかろうか。高度経済成長は家庭教育をも変形させてしまった。その穴埋めは教員補助制度で埋めるしかない。


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