| 第六章 多摩地域での大学コンソーシアムの提案
(五)
96年3月28日の放送大学、現代学校論の中で舘明(たち あきら)氏は、アメリカの大学入試プロセスというテーマで次のようにまとめている。
入学者選抜の仕方を次の3つのタイプにより、その違いを述べている。
1)開放型タイプ
高校の成績のみで殆ど自由に入学を認める。高校の成績を送り合格判定をもらう。
2)選択型タイプ
高校の成績と本人のレポート(入学希望理由)及び共通テスト(SATやACTやIB)の成績、更にボランティア活動等色々な要素が合否の基準になる。
3)競争型タイプ
上記の選択型で判定しずらいほど競合状態が重なった時に競争(コンペ)となる。ここで注目すべきは、共通テストは普通は高2から5〜7回受けられるということ。高3の前期までに受けた成績を基準として志望を決める。といっても短大→大学への移行や大学間転出入も自由に行われている。
日本のように一時期に入試が集中しないから自分の成績と大学の受け入れ状態をみながら、じっくり選択できる。それと共通テストは高校卒業資格テストでなく、それまでの全ての教養をテストするので短期詰め込みはきかない。
要するにアメリカでは学校の教育をしっかり受けてそれなりの成績をとっていれば、大学に入れる。そして大学での成績と希望とで更なる上位の大学に行ける。ハーバード、エール、スタンフォード、MIT、バークレーなど大学間レベルに差がない。
このようにみてくると、アメリカには日本のような情けない受験地獄がないらしい。エリートを目指す子供たちは小・中・高校の成績をしっかりとって、場合によっては高2から大学生になったり転学を前提に選んだり、そのかわり大学では日本と違い勉強しないと卒業できない。教育を受ければそれなりの実力がつく。大学院から大学、短大の連携が密で、太いパイプで各大学間がつながっている。学生は自由に選択し学びたいものを学びたいところで学生生活を送ることができる。
4:出版事業
大学コンソーシアムが出版事業を行う。もともと出版事業は企画や編集など知的創造性の高い事業であるから、大学コンソーシアムとして受け入れやすい部分がある。ただし、事業であるからには簡単にはいかないことだろう。民間の力を充分に発揮させ、日本中、世界中に向けた出版事業を目指したい。マルチメディアなど情報処理が多元的に進む中、これらを出版事業と融和させた内容でありたい。PRにはもちろんインターネットが利用できる。この出版の世界も多品種で少量となろうから、専門になればなるほど制作コストと宣伝が大きなテーマになる筈だ。外国語による日本からの翻訳出版にも多大の期待が寄せられるし、特に専門書の外国語の文献を日本語に翻訳する必要がある。これからは国際的な文化交流の基礎的な条件を日本が構築するため、国が少量の専門書の翻訳事業については補助事業として支援すべきものであろう。
アメリカでは諸外国の文献が大量に英語に翻訳されている。日本の「こんな文献まで」と思うようなものまで。国家戦略として相手国の文化を理解するということはそのような地味な努力の積み重ねの結果なのだと私は思うのである。
D.大学、企業、自治体によるコンソーシアム
1:ベンチャー企業育成支援センター
日本の企業は構造不況から脱するため、血を流しながら、リストラやリエンジを行っている。これらは企業の経営上の収支は良くなり、生き返ることができようが、雇用については期待できない。結局、新たな産業育成しかない。幸い日本はソフトウェア(やさしさ)が社会全体で欧米に比べ立ち遅れている。非営利組織の届出制等規制緩和をすれば雇用の量的確保はできるだろう。しかし新しい産業の担い手としてのベンチャー企業育成にとって日本は条件が揃わない環境にある。もしアイデイアと気力と行動力を生み出せれば資金や進め方などを支援する組織を軌道にのせられるだろう。支援センターはそのような情報を豊富にそろえ、経営や運営のアドバイス、マーケティング視線を含め、本格的コンサルティングを行う。
最大の難問は「アイデア創出」を如何にして誕生させるかである。「自由と独創力を持った個性」の育成こそ日本の「大学教育」に求められる課題の一つなのである。可能性を持った少数の学生を後述するこのセンターで育成するしか方策はない。金融、資金、経営、運営面は企業(主としてリタイア組のOB、現役の幹部)と自治体と大学の役割分担に沿った充分な働きがあれば可能だと思う。
日本社会のあらゆるセクターにおいて求められている社会システムの構造改革は、グローバルスタンダード(世界標準)を日本が受け入れるか否かを問われている。まさに平成の黒船襲来なのである。もしも受け入れを拒否すれば日本は世界から取り残されて、暗澹たる21世紀を迎えねばならないだろう。この社会システム改革の基礎的原形の中に「自由で想像力に富んだ、責任感の強い自立した個人の育成」を求めている。
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