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大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 29 − [FMICS BIG EGG 1998年5月号より]
by  鈴木健夫
第六章 多摩地域での大学コンソーシアムの提案 (三)

C.大学と企業によるコンソーシアム
1:R&D研究所
 地域企業、特に中小企業にとって活性化となるR&D(研究と開発)を大学と共同研究する。主として応用研究と開発研究の分野に特化して行うことにより両者はそれぞれのメリットを受けることができる。
・大学は実社会のニーズと直接向い合うことで、研究テーマ、方法、資金、研究体制の活性化が図れる。
・企業は人文、社会、自然科学が共同的に関わることにより、新規分野、新しい発想などソフト面からのアプローチを含め新しい商品・新サービス開発のチャンス、成果が期待できる。

 多摩地域の産業基盤を活性化し、スリムで高質な21世紀に向けての新産業育成を目指す。この研究所の特徴は地域企業のニーズやテーマを大学の研究者に紹介・調整・契約・成果の受け渡しなど事務的な仕事だけをするのである。即ち研究活動を進めていく上で必要なあらゆる支援活動をするのである。研究そのものは各大学がそれぞれの研究室で行い、その為の上質な研究環境を整えることに研究所は専念する。各大学の研究室にまたがるようなテーマについては十分な調整が必要となる。

2:国際映像文化研究所・映像文化ライブラリー
 写真、映画、ビデオ、テレビ・インターネット等マルチメディアと、歴史、文化、社会、ライフスタイル等の関わりを哲学、倫理、経済等の様々な視点にたって研究を行う。テレビのデジタル多チャンネル化時代に向けて大切な役割を果たすと思われる。
・例えば研究テーマとして、新しいライフスタイルの提言、新社会システム、ネットワーク型社会の仮説、理論構築、実験、検証、評価など。・付属施設として、映像文化ライブラリーを設置する。ここでは、報道、ドラマ、伝統文化の伝承、ドキュメント(自然環境・社会問題等)の映像を所有し、一般公開する。また都心部の企業や団体のコンピューターデイスクなど万一の時のスペアを安全に保管する大がかりな貸金庫事業も併設する。

3:大学入学選抜事業
 現在日本で特に教育に関係する社会で諸悪の根源と言われている大学入試(大学入学者選抜)の問題について、その潜在するニーズに対応する方策として、大学コンソーシアムによる事業をその背景、目的、内容を主としてまとめることにより根本的解決をめざそうとするものである。言うまでもなく、この大学入試を頂点に日本の教育問題の悪弊が顕著になって久しい。多分20〜30年という年月が無為無策に放置されてきていると言っても過言ではあるまい。あまりにも狭い、きつい大学入試に対し、その入口の存在が大学の全てと勘違いしてしまうほど、入ってしまえば式の構図が描かれている。それは大学のレジャーランド化と共に、世界から見ると全く異質な状態にまで成り下ってしまったというのが現状である。入ってしまえば勉強しなくとも卒業でき、職業にもありつける、という訳だ。これを頂点として、幼稚園児、小学生、中学生、高校生と日本中の子供たちがこの大学入試を目指して全く情けない、かわいそうな努力をさせられているのである。

 このひずみの最悪の結果がいじめによる子供の自殺と衝動的な犯罪であり、高校生以下の日本中の子供たちの「学校はつまらない」に至り、人格形成を片端にし、社会性に乏しく、善悪の判断力も身につかないヘンテコな大学生ばかりが世界一の進学率で誕生しているのである。にも係わらず、政治も行政も、全ての教育者も、社会も、国民も、ただ手をこまねくばかりで根本的な解決の糸口すら見いだせない。多分日本の大学入試問題が解決できたら、日本は本当に素晴らしい国になる、と思うのは私だけではないだろう。

 日本の大学は大衆化が進み、私立に大幅に依存し、序列化が一つの評価軸に沿って一方向的に進んでいる。という構造的問題を抱え、学生が大学入試に全ての教育エネルギーを費やしている。それにも係わらず、大学生の大半が授業についていけない状態で、東大ですら補習をしているそうだ。受験に費やしたエネルギーが大学生活に殆ど役に立っていないのである。つまり日本の教育行政、教育機関はこの問題に関する限り、殆ど弁解の余地がない。国民を、学生、生徒の大半を奈落の底に追い落としている。ここまでくれば文部省に教育を預けていることが間違いだと気づかねばならない。

 中央官庁としての文部省は不要であると私は考えている。地域ブロック(道・州など10ブロック程度)ごとに独自の教育システムを持ち、その地域ブロックの発展要素の一つに教育システムを盛り込むことが地方自治体や地方分権を進行させていくことにもなる。全国画一的なこれまでのやり方はもういらないのである。大学自らの才覚で良くもなり、つぶれもする。特に私立は国民のニーズにあった理念やカリキュラムを用意し教育成果を公表することにより、特色が生かされ存在意義も希望者もはっきりしてくる。更に日本の大学も世界中の学生市場に対し、「教育」をセールする時代に入っていくことに尻込みしている訳には行かなくなった。


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