NTS教育研究所NTS教育研究所
ホーム教育を考えよう:大学を考える大学再生の可能性をさぐる


大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 20 − [FMICS BIG EGG 1997年8月号より]
by  鈴木健夫
第四章 これからの大学や学生が求める企業の姿 II

 今日の社会は多様化とか価格破壊とか構造不況、更に市民意識の民主的高揚など、新たな社会作りの実現に向けて大きなうねりの様に渦巻いている。そこで遅かれ早かれこれら日本の企業、団体の組織変革の必要性が増大してきたと認識せざるを得ない時代になってきた。
 最近のテレビでソフトバンクの孫社長(38才)は彼の組織運営について「我が社は全世界で7000人の組織を10人ずつの小グループ集団にしており、その小グループがそれぞれ毎日損益対照表をパソコンで表示している」と言う。経営者である社長は全グループの損益を世界中のどこにいても、何時でも好きな時に集計して確認出来るのだと言っていた。正にこれはこれまでの管理的組織からの脱却であり、新しい組織の始点であるといえよう。仮にこれをネットワーク型の組織の幕開けと名付けるとするなら、或いはネットワーク型組織の一つの試案であるとしても、これからの日本社会の組織論に新たな1ページを飾ったといえるのではなかろうか。高度情報化社会の新しいモデルだともいえるかもしれない。

 ここで強調したいのは、その内容の是非ではなく、これまでのピラミッド型組織の破綻に代わる新たな組織の幕開けが始まっている事の重大さについて興味を持つべきであるということである。
今後、種々のネットワーク型組織形態が生まれるかもしれない。けれどもこのケースは高度情報化がもたらした社会変革として重要であると指摘しておきたい。
 このシステムでハッキリしているのは今までの様に組織内OJTで徐々に仕事に馴染み育っていったあの良き時代とはまるっきり逆の、ある程度使える仕事士としてグループに参画していくシステムではないのかという点である。流動化していく労働環境は全くの実力主義、つまり「君は何が出来るのか」が問われ、それにより報酬が決まり、グループ内に採用されるという世界で極当たり前の社会システムなのである。これまでの日本社会システムと比べると、非情な実力評価主義は日本人に馴染まないと言われてきたが、企業が絶え間無いリストラの結果、そして自由市場に新たな挑戦をして成長していく為には経営は労働を厳しく評価し、その代価を払うという極単純な原則に従っているのだと理解すべきである。
 また、もう一つの留意すべき点は、経営者が企業全体の損益を毎日トータルで知る必要があるということである。これまでは半年か一年に一度しか知ろうとしなかった情報を日々の単位で知りたいという経営方針が新しい時代を感じさせる。多様化し複雑化する世界の市場を相手に為替の変化や株の動き、社内のプロジェクトの変容、変化などを即断即決で判断する必要があるのだろう。目まぐるしい経営者の苦労が浮かんでくる。多分21世紀の企業戦は世界を相手に刻々と変わる情勢を読み取り果敢な経営判断が求められるのであろう。そして小グループの出すデータは責任を求められ評価されることになろう。経営者と労働者の役割が明確であり評価もはっきり出てくるのだと思う。だから労働市場の一端を担う大学卒業者達は厳しい目に曝されると言う自覚が必要となる。頭脳労働者、知識集約型労働者の市場は21世紀には国境を越えて全世界の流動性労働市場からの自由な調達ということになると、日本も覚悟しなければならない。日本の大学卒業者が真にそのような競争に打ち勝って世界の企業に就職出来るようになれるのか、そこが最も重大な課題となるように思えてならない。早く日本の教育を小、中、高、大学、大学院と大改革せねば、日本人は21世紀には欧米教育を受けた知識労働者のお手伝いをしていくのがやっとという悲劇的幕開けを向かえる事になる。

 これからの日本企業や公共団体の改革テーマとしてダブルスタンダードからグローバルスタンダードへの変革が求められる。日本の社内ルールや団体独自の業務手法には表や裏、または外向き内向き等の二重規格が平然と存在している。これからの国際化時代には全く通用しない日本式ルールであると言っても過言ではないだろう。
 例えば、公共団体においては表向きには法律や通達の本文を用い、裏では行間の解釈により業務を行う。あるいは表帳簿では負債を小さく評価し、裏では大きな負債を抱えているなど、一般市民や世界の人々からみると、日本の企業や団体の行う外向きの情報には不信感や不確実性が溢れている。官民あげて情報公開を行い信頼性の確保に努めねばならない。即ち全ての人々に理解され信頼される企業や団体に生まれ変わる手法としてグローバルスタンダードが日本のあらゆるセクターに要求されている。更にはaccountability(過去に遡っての責任)を普及させて過去の事故や不正行為についてその責任を明らかにし償いを求める事が必要である。単なる謝罪や辞任に留まらず相応した償いを求めなければ、国民や海外から理解は得られないし、再発も防止出来ない。これからの経営者や管理者には真に厳しい時代になるだろう。


皆さまからの読後の感想をお待ちします。
Email:
st-1@mvg.biglobe.ne.jp

このページのトップへ▲
ホーム教育を考えよう:大学を考える大学再生の可能性をさぐる