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大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 19 − [FMICS BIG EGG 1997年7月号より]
by  鈴木健夫
第四章 これからの大学や学生が求める企業の姿

 日本人の多くは企業に対する存在感、価値観として社員が楽しく働ける様配慮し能力を育み、以てその社員に合致した処遇をしてくれる組織であると信じている。それに対しアメリカ人は単純に、企業は株主のために利益を生み出す機能がその活動目的のほとんど全てであると思っている。またドイツ人は企業は環境の最終的管理、責任者であると考えている。(電通総研、世界価値観調査による)この三者三様の考え方の違いは企業のあるべき姿についての基本的なイメージの差をはっきりと浮き上がらせている。だが考えて見ると、これからの企業はこの三様の内容をそれぞれ等分に担っていかなければならぬだろうし、社会もその様に望むだろう。即ち社員にとっては日本人の持つイメージ、株主に対してはアメリカ人の持つイメージ、社会や国際的にはドイツ人が抱くイメージというようにグローバル化が要求されることになるのだろう。これは企業哲学の必要性が問われているのであり、これまでの様な形振り構わない経営姿勢は国際的にも国民からも企業内社員からも受け入れられない時代になったのである。
 世界の物作り社会に成功した日本的経営論は世界中で勉強され検証されつつある。しかし今後の知恵作り社会に向かう日本の企業経営はこのままで良いのだろうか。私は基本的には日本的経営論はそのまま継続されるだろうが、次の点が付加されなければならないだろうと考える。

1. 個性、創造性、国際性を高く評価しこれまでの日本型経営システムの中にスペシャリスト、プロフェッショナルな職域をはっきりと位置づけ活用するシステムを付加すること。これまでは企業の各組織で対応していた専門的知識やノウハウは今後は更に広範囲にもっと深い専門分野のスペシャリストが必要不可欠となるだろう。例えば銀行で言えぱ、プロジェクト評価、ベンチャー企業評価が出来る貸付審査者や国際的に巾広い資金運用の専門者の育成、そして国内法、海外法に精通した法律専門者の存在、更に不動産など担保価値の正当な評価のできる査定者の構築等が急がれる。これまでは漫然となれあいで行われてきた銀行本来の専門的職域がいかに杜撰だったか、昨今の事件、事故がはっきり示している通り今後の銀行は
これら専門家をいかに立派に育てるかが企業存続の鍵になるだろう。

2. 企業経営や運営が社会に対し、社員に対し正しく行われているか否かのチェック機能をしっかりと備える事が出来るのかを問われる事になるだろう。企業の社会的責任は益々強く求められる様になる。ドイツの認識の高さはかなり以前からここに眼を持っていたことにある。

3. 経営者の経営責任を厳しく問われる時代になるから、経営者は「真に優秀なエリート」でなければ勤まらない時代になることをしっかり認識する事であろう。そのためには今までよりも専門的なゼネラリト教育が不可欠となるだろう。

4. この様に見てくると、企業を取り巻く環境は厳しく、これまでの様なぬるま湯に潰かっている訳にはいかない。その為経営者は労働者に労働の質を問い、給料の価値を真剣に追求してくるだろう。結論から言えば、今までのあまやかされた大学生では用を足せないのである。教育の改革が望まれる所以である。

5. 企業の内部情報の開示、公開が各業種に求められてきている。これまで企業は一方的に広報宣伝活動として情報管理を行っていた。今後は株主やユーザーに対し企業の内部情報を正しく公開し、それによって公平な評価を得る事になる。つまり企業の情報管理がいかにこれからの企業経営にとって大切な要素となるかを早く自覚し改革出来る企業は株価が上がる事になるだろう。情報公開・・(ディスクロージャー)、企業や社会の近代化はこの情報公開に比例すると考えられる。正しい情報を有効に公示、公開することなくしては日本企業の近代化は有り得ない。方法としては各社毎や同業種毎の集約情報などに分けられようが、社会や株主に対し企業情報はマル秘の時代から公開の時代に入ってしまったのである。この意識を正しく認め、これを行う企業が真に求められる。

 これまでの日本の企業や団体など多くの組織は規模の大小を問わず殆どが管理社会、管理組織をピラミッド型に作り上げてきた。係や課、更に部や本部とか局など日本の組織図は江戸時代の幕府や大名の治めた藩体制に至るまでこのピラミッド組織によって構成されてきたのである。その結果として悪しき官僚主義が蔓延してしまい現在の閉塞状態を招いてしまったのだと言えるだろう。
 組織としての意志決定が曖昧で遅く責任の存在が不明瞭である。内部の結束は強固だが、外的社会への配慮とか相手側への思いやり等は二の次、三の次である。
 自分たちの身分の保持や組織の存続が最大の関心事で外部者からの意見や要望に耳を傾けない。この様な極端な利己主義(セクショナリズム)が組織全体をも硬直化させてしまっている。


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