| 第二章 大学(教育)をとりまく諸問題
日本の大学における研究と教育の行方(中)
日本人は基本はどうでも形だけ作り上げるのが上手である。今回の第3の大学改革でも多分この手を使うに違いない。96.2.20 NHKテレビの「どうなる大学改革」で、東大の天野氏はこれからは専門学部がそれぞれ自らが作る独自の「教育」を行っていく時代になると言っていた。「真の教育が本当に行われる時代になるのですね」と念を押したくなるのは私ばかりではなかろう。
本当に日本は「教育」不在の変な国だ。企業が終身雇用の中で「教育」の問題を飲み込んできたこれまでの社会。リストラやリエンジをぎりぎりのレベルまで行っていくと企業は従業員の「教育」を放棄してくることになるかもしれない。その時までが日本の良い時代であろう。それ以後は大学も企業も苦しい時代を共に歩まねばならなくなる。これまで不十分な教育を何とか飲み込んできた企業との合体策ーそれが大学コンソ−シアム構想の基本的ポジションであると私は言いたい。多分日本が真の教育を見出すまではこのコンソ−シアムで乗り切るしか道がないのではなかろうか。
つまり、このコンソ−シアムはこれまでの企業や団体が行ってきた役割ー社会人教育と言えるものを肩代わりする社会的に大きな役割と責任を担うことになるだろう。その間に小学校から大学に至る日本の「教育」の改変がゆっくり行われていき、やがて真の日本的哲学が認知される段階で第4の大学教育改革がスタ−トするのだろう。その間の日本の大学教育は東大の天野氏の言う、大学毎に異なった「教育」が多様に行われ、学生にとっては「慣れない選択」に出くわしながらの「教育不在から多機能教育」まで不思議な時代を歩むことになるだろう。
ここで「慣れない選択」と言ったのは、真の教育に巡り合えないで大学に入学してくる学生が大学側の都合で勝手に作り上げた大学や学部毎の「教育」をどうやって見分け選択していったらいいのか不満と不安を嘆いている有り様を想定したのである。長い歴史と重厚な文化に培われ育まれてきた欧州の大学や実践的哲学を基に常に社会の変化に対応してきた米国の大学のように日本の大学が本物の輸出産業として世界に認められるのはいつのことだろうか。
日本の「教育」についてもう一つの側面、視点について明らかにする必要がある。簡単にいえば「教え方」の問題である。この教え方について理にかなった明瞭なプログラム、カリキュラム、システムが極端に乏しい。和算の一部の九九の覚え方とそろばん教法、いろはのつづり方など寺子屋時代の名残ぐらいしかない。だから塾や予備校の名教師ーわかりやすい先生ーが有名になる。大学においては特に専門課程において教授法等皆無といってよい。給料が安いから教え方も下手でよい、と本気で思っているのだろうか。学生が理解できないのは彼らが勉強しないからと勝手に決め込んでいる。この教授法の欠落は小学校から大学まで共通している。教えるべきテ−マが教育理念に基づいてカリキュラムの隅々に行き渡り、学生、生徒の反応をどのように引き出し、評価し解答を与え疑問を抱かせながら授業を導いていくのか。
個々の「個性に応じた成長」をどれだけ注意深く真剣に指導できるか。参考資料の提示などどこまで手伝うべきなのか等、大衆化している昨今の大学だからこそ、このようなきめ細かい配慮が必要である筈だ。
これからの知恵づくり社会の創出に向けた「教え方」の創造が早急に待望される。この課題解決のめどは教職員が一体的に取り組めるか否かに係っていると言っても過言ではなかろう。
そして、さらなる指摘としては生徒や学生の側に立ってわかりやすい教え方は何か、についての歴史の積み重ねがないことである。先生方個人のノウハウで没してしまっている。日本の教授法の問題は日本語が論理性を欠いていることを十分に研究検討した上で、そして何よりも日本人が理性的感性に弱い等の特性に沿って組み立てられねばならない。
この教授法の発達を阻止してきたのは画一的に詰め込めば良いという主義と個人が自己流の方法で学べ(教えてもらうのではない)という精神性のみ強調してきたからだと思う。このような間違いだらけの「教育」を根本的に反省し論理的教育的人間学的に基づいた新しい教授法を小学校から大学まで至急揃えるべきである。
欧米の外国語教授法はシステムとして優れていると言われている。IBシステムもこれの一部である。ギリシャ語やラテン語を基本にヨ−ロッパ系の言語体系が似ているからうまくいっているのかも知れないが、そのシステムそのものは世界の言語教授のやり方に共通している筈である。IB−日本語に取り組んだ経験を友人から聞いた事がある。この善し悪しで教育効果は全く異なる結果が出ると言う。教育者の価値がはっきり分かれてくるので欧米の教師は教授法を大切にするのだそうだ。日本も厳しく評価して年功序列でなく、わかりやすさ、教え方の上手下手で給与体系を組むところまでいかねば、この問題は解決しない。
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