| 第二章 大学(教育)をとりまく諸問題
日本にもエリート教育が必要だ(上)
私の友人は娘さんを幼稚園から東京のインターナショナル・スクールに通わせている。95年9月に高校生になったばかりのその娘さんは、平均的な日本の高校一年生に比べて、数倍人生を楽しんでいるように見える。数年前まではよく一緒に旅行をして、犬の散歩などを楽しんだが、近頃ではめったに本人に会うこともない。両親の話によると、バレーボールのスパイカー、ソフトボールの二塁手、陸上ではハードル、円盤投げの選手なので、放課後や週末は試合で多忙この上ないそう
だ。加えて、宿題はレポートが多く、取り組み方は子どもの自由に任されており、その成果については多様に評価されるという。
語学は英語と日本語の両方がほぼ母国語並みに修得できている。学校ではシェイクスピアも鴎外の『舞姫』も原書で読んだそうだ。夏休みには第三の言語フランス語修得のために、ケベックやパリにホームステイを経験している。そして、小学校二年生の夏休みから毎年欠かさず参加していたアメリカの乗馬キャンプからは、二夏、8週間の訓練プログラムを無事終えて、この夏には訓練士補の仕事が待っているという。朝の四時に起きて、馬小屋を掃除したり、小学生、中学生のキャンパーの面倒をみる。ホームシックで泣く子をなだめ、馬の生態学を教えたりもする。広大な草原で乗馬を楽しみながら、年下の子供たちの面倒をみるのが、趣味と実益を兼ねたこれからの夏休みの過ごし方になる。経験を積んで、キャンプのカウンセラーやインストラクター、馬の調教師、獣医への道も開かれているそうだ。
彼女の通う国際校は幼稚園から高校までの一貫教育で、一学年は僅か30名ほど。卒業生は欧州、米国、オーストラリアなどほとんどが外国の大学へ。オックスフォード、ケンブリッジ、ハーバード、MIT、コーネル、ブラウンなど超一流大学の名前が並ぶ(勿論、卒業生全員がそうではないが)。これらの大学へは国際バカロレア(通称IB)やSATなどの大学入学資格プログラムを修得して、申込み資格を得る。誰も、受験のために塾や予備校に通ったり、浪人生活を送ったりはしないそうだ。毎年、恒例のミュージカルが上演される。私も実際に舞台を見せてもらったことがあるが、なかなか質が高く感心させられた。俳優だけでなく、大道具、小道具、フルオーケストラの奏者たちも卒業前の高校三年生が中心になっているそうだ。
何から何まで、理想的な教育などある訳ではないので、私の知り得ない、多くの問題が含まれているのかも知れない。しかし、上述のような学校教育が現実に東京の国際学校で施されている事実は一考に値する。国際バカロレアの大学入学資格を取得した国際学校の卒業生は、ICUと上智大学の比較文化学部を除いては日本のほとんどの大学に入学を許されていないそうだ。国際学校は文部省に認可されていない各種学校だから、卒業生には大学の入学資格がない。オックスフォードに入学できても、東大生にはなれないのだ。これこそ、教育的鎖国状態といえるのではないだろうか。
戦後の日本は経済大国になり、富の平等化にも成功した不思議な国として世界中から評されるようになった。けれども、メディアに登場してくる日本のリーダーたち、即ち政治家や外交官やマスコミの責任者たちは皆、世界に比べて主義主張が希薄でリーダーシップが極めて弱い。伊藤博文や吉田茂、菊池寛などかつての日本を代表する政治家や知識人は経済的には弱小国であっても、世界に互してまったく見劣りしなかった。あの時代ー明治から大正、昭和の初め頃までの日本は、欧米の教育をストレートに受け入れ、また留学した優秀な人々がそのまま日本のエリートとして社会の中枢を担ってきたからではないだろうか。然るにこのところの50年は教育システムが硬直化し、社会のリーダーたちが「井の中の蛙」になってしまった。
見方をかえると国民全てが平等に暮らせる社会へと変わっていった。この平等社会は世界一の平和と安全をもたらし、更に世界一の物づくり社会へと押しあげることには最大の功労者であった。企業や団体も個性を抹殺し、ひたすら仲間全体が利益を分かち合える社会をつくりあげ、欧米的エリートは必要としなかった。組織の部分で特殊なエキスパートが必要なときだけ特別契約で受け入れてきたのである。
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