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大学を考える



大学再生の可能性をさぐる  
  大学コンソーシアム − 2 − [FMICS BIG EGG 1996年2月号より]
by  鈴木健夫
第二章 大学(教育)をとりまく諸問題

− 欧米のソフトウエアを学べ −

 明治からの130年、欧米の文明を懸命に輸入し、咀嚼してきた日本人は、「ゆとり」とか「豊かさ」には目をつぶってきた。確かに物質的豊かさがなければ、経済の向上もありえない。
 一方、心の豊かさ、社会サービス、民衆の自立、即ち真の民主主義の獲得のうえに立った自由と平等の社会の実現がなければここで言う欧米並の・・・「豊かさ」は求められない。
 明治初期〜中期にまねかれた欧米の学者たちは日本の高等教育をつくった当時の日本の事情について、ヨーロッパが300〜500年かかって築きあげたものを日本は数年ないし10数年で得ようとしている、と評し、それはほとんど無理なことだと言っている。板垣などの自由民権思想の実現は100年後でも難しいのではないかと予想していたのである。
 FMICSが長いあいだ求め続けているものは、あの明治の外国人の眼からみて「無理な」、そして100年後に日本国民が真に理解出来るか否かわからないと言っていたものだと思う。即ち民主的な社会システムの中での「あったかさ」「やさしさ」の実現可能な社会。物づくりのためのハードが優先して輸入され、ソフトはそのためのサポート役にすぎなかった。真のソフトウエアはまだまだ未輸入のままだ。その輸入により「豊かな」「あたた かな」社会を実現することが出来るし、新しい職域も広がり、雇用の拡大につながる。
 もちろん、日本文化を全て欧米文化に置き換えろと言っているのではない。個人の成長を最大限に促す環境が欲しいのである。例えば、現在は、色々なタイプの教育を機会として平等に受けられる社会システムになっていない。これまでの日本は一つのパターンに大別できる選択肢しかなく、しかも敗者復活も飛び越しも許さない、結果平等社会なのである。自由で多様な、フレキシブルなシステムにすることによって、多様な、個性的な、独創的な人材が誕生するのである。そこで、具体的な教育ソフトウエアの輸入としては、次のように考えられる。

(1) IBシステムの導入(国際バカロレア:次回参照)
(2) 小学校から大学までの教育システム及びプログラムの移入
(3) 上記(2)の早期実現のための外国人教員の招聘
(4) 民間側教育システムの導入。
例えば、ACA(アメリカン・キャンプ・アカデミー)など、学校教育以外の民間サイドで行っている社会的教育を充分調査して輸入する。

 社会全体がそのような独創的な個性的な人材を欲しがらなかった時代は終わりつつあり、企業、団体がフレキシブルなシステムをもつならば、レベルの高い人材を更に高質な労働へと向かわせ、結果として最高の知恵づくりに成功するはずである。

 教育の問題でもうひとつはっきり言えることは、子供達の生活時間の全てを学校側が把握し管理しようとしていることである。学校から離れている時間帯は家庭や社会が責任をもってプログラミングされた独自の教育システムを学校以外にしっかりと根付かせて自由に選択できる社会をつくらなければならない。学校教育では体験できないことを学ぶような家庭や企業や団体の実社会的教育が日本の子供達には施されていない。だから大学生になっても小学生ぐらいの社会性しか身につかないのである。子供達が楽しみながら語学や趣味やマナーを身につけていく様子は欧米の子供達の成長を見ていると良く理解できる。このシステムの構築はまさにソフトウエアの直輸入で実現が可能である。ただ、単にシステム自体はそれでできあがるが、それを普及させるためにはそれなりの環境整備が必要だ。それはまず、

(1) 大学受験を偏差値のみの評価から解放させること。
(2) 充分な夏休み(6〜8月の3カ月)日本、韓国のみが4月新学期制であるため、夏休みが1学期と2学 期の間に位置し、学校の管理下になってしまう。それを9月新学期制とする。そして土、日曜日の休み。学校の先生方もこれら多くの休みは完全に休んでフレキシブルな体験を自由に過ごすべきである。教育は学校が全てを担うことはできないのに、日本人は官民あげて総じて錯覚している。
(3) 学校教育の中に多様な価値観の理解と認識を浸透させること。そしてこの価値観を認め合うための社会ルールをしっかり教えることである。
(4) 知識偏重の教育からいかに自分の力で考え、解答をつくりだすことが重要かを教える教育に切り替えることである。
(5) 教員の評価を校長や教育委員会にのみ任せないで、学生、生徒や父母、企業や団体にまで評価軸を広げること。
(6) 学校での管理システムを徹底的にゆるめることである。即ち管理社会からネットワーク社会に移行する段階に早くシフトすることである。

 以上、21世紀に向けて日本の教育改革の一つの手法として、明治以来置き去りにしてきた教育ソフトウエアの輸入について私見として取りあげた。


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