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【基調講演】グローバル社会での異文化体験の必要性と想像力
東京私立中学高等学校協会会長 近藤彰郎氏
私が理事長・校長をつとめます八雲学園では、着任してから海外研修を始め、アメリカのサンタバーバラに英語教育も含めた集大成として施設を造りました。本日は、その学習フィールド構築の過程で体験したアメリカと日本の文化の違いなどをご紹介しながら、話を進めていきたいと思います。
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私達の学校は、創立者の近藤敏男がアメリカで事業を起こして財を成したこともあって、創立当初から英語教育やアメリカに思い入れがありました。
そして、英語教育の集大成として「現地に自前の施設を持って勉強させたい」という夢を実現するべく、1990年にサンタバーバラで土地を40エーカー(48,000坪)ほど購入しました。そのための申請の過程でも、いくつもの苦労がありました。大きな施設を建設する際には隣人の了解を得るために公聴会を行うのですが、「日本人だという理由だけで拒否されるかもしれない」ということで代理人を立てて行いました。3人の隣人のうち2人は賛成してくれたのですが、1人に反対されまして、理由を聞いても「理由は無い」と言うのです。そのような体験をしながらも、なんとか1994年に60名ほど収容できる施設を開校いたしました。
日本でいう「学校の寮」とはかけ離れた施設で、むしろひとつの「学校」に近いかもしれません。眼下に太平洋やチャンネルアイランドと呼ばれる島が一望できるような、大自然の中にある施設です。海には海底油田のステーションがあり、海上が雲で覆われたときなどは、ステーションだけが空に浮かんでいるようで非常に綺麗です。
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設計はフランス系アメリカ人の方にお願いしました。まず驚いたのが、私達は山をひとつ買ったのですが、その頂上に建物を造ると言うのですね。そのために山をどの程度カットするかと聞かれまして、私達にはとても想像できなかったのですが、結局5,000坪くらいカットして建てることにしました。
ただ、そこに行くまでの道路を自分達で敷かなければならないと言われました。道路は日本では国が造るものというイメージがありますが、敷地内で必要な道路は自分達で造れと言われたのです。私はここで夢が挫折したなと思いました。八雲学園から自由ヶ丘駅までが約1.5km、7m幅で舗装し、中に配線をして造れと言われても、日本だと10億あっても無理だと想像しました。ところが見積りを取ってみたら約2000万円と言われました。八雲学園の箱根にある寮の前の道路50mを4m幅で舗装したことがあるのですが、このときに1000万くらいかかったことが頭に残っていたので、1.6kmが2,000万と言うのがどうしても信じられませんでした。しかし工事が始まって、その理由が分かりました。日本とアメリカでは工事のやり方が違うわけです。箱根の道路のときは15人位で作業していたのですが、アメリカでは7メートルの歯が付いているトラクターを持ってきて、1人で、それも1日で道を造ってしまいました。その次に電話や電線などのケーブルを入れたのですが、これもたったの3人でやっていました。だから安いわけです。
また、水も自分達で確保しなければなりませんでした。井戸を掘るか水をためておくタンクを造るかしないと許可が出ないとうことで、私達は井戸を掘ったのですが、山裾まで行って井戸を2本堀り、そこから1.8kmほどパイプを引きました。これで一通り準備が整ったということで、建物を造ることになりました。
私は少しこだわりまして、吉日を選び神官を呼んで、地鎮祭・上棟式を行いました。日本ではワーカーの人まで全員呼んで行いますが、アメリカはそういう習慣がありません。しかし、私は全員呼んで、ご祝儀を配りました。後で聞いたところ「なんかオリエンタルな奴が丘の上に家を建てて金をばら撒いている」といった噂が流れていたようですが、日本的には当たり前のことですよね。このやり方は良かったようで、アメリカに住んでいる友人に「アメリカの大工は見ていないと働かない」と言われていたのですが、本当によく働いてくれまして、出来上がるまでにトラブルもなく無事に完成いたしました。
また、施設を造るにあたって問題になったのが、台所や棚の高さでした。私自身トイレや棚の高さに困った経験がありましたので、設計者に充分注意してくれと頼んだのですが、どうしても分からないのですね。これぐらいの高さがいいと言っても、低すぎるのではないかと納得してくれないわけです。仕方がないので設計者を日本に呼び、箱根の施設の実物を見せて理解させなければなりませんでした。
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少し提携している姉妹校の話などをしようと思います。
八雲学園では現地に施設を作るだけでなく、ケイトスクール(Cate School)という学校と姉妹校提携し、交流があります。ここは全米でもナンバーワンの学校なのですが、1学年が約60人、4学年で240人程の生徒がおり、そこになんと100人の先生がいるのです。この学校の広さは160エーカーもあり、全寮制で先生方もその160エーカーの中に家を貰って住んでおります。八雲学園と比べますと、あちらは160エーカーに240人の生徒と100人の先生。わが校は2エーカーに800人の生徒と50人の先生ということで、この規模の違いは実際に行ってみないとなかなか実感できないかもしれません。ハイキングなども、学校内の反対側の山まで歩いて2時間、という感じで教育を行っています。
いくつか印象に残ったエピソードを話そうと思います。
始業式に参加したときのことなのですが、普段ラフな格好で授業をされている先生方も、始業式はやはり特別なのですね。女の先生はロングスカート、男の先生はネクタイを締めて上着を着て参加していました。アメリカがカジュアルだというのは思い込みで、場面によって使い分けていることが分かりました。
また、初めて生徒を連れて行った時に、校長先生からディナーに誘われたのですが、私以外はディナーに誘ってくれませんでした。仕方ないので1人で行ったのですが、私達の学校にケイトスクールのメンバーが来た時に、日本式にこちらのスタッフと引率の先生全員含めて食事をしたところ、翌年は本校の教員もみんなあちらの校長に招かれました。学習して、良いと思ったことはすぐに取り入れるわけです。
挨拶に関しても、日本では車で来られたお客様が帰るときには、車が見えなくなるくらいまで見送ります。私がそれをアメリカでも行なっていたら、食事の後に車で送ったときなどに、見送ってくれるようになりました。文化や慣習の違いも、お互いの気遣いの中で徐々に近付いてくると感じました。
ですから、慣習を覚えてこの国はこうだと決め付けるよりも、自分達の文化で良いと思うことはやってみると受け入れてくれるのかな、と思います。これはお土産でもそうでした。私達はみんなで持っていくのですが、向こうから来る人は「これはビジネスですから」という感じであまり持ってきません。ですが、これは良いのか悪いのか分かりませんが、徐々に先生同士などでも贈り合うようになりました。こういったことで、心の交流が深まったと思います。家を訪ねた時などに贈った物が飾ってあったりするとやはり嬉しいですね。
逆にアメリカの慣習で感激したのは、バーベキューパーティーが終わった後に、来ていたファミリーなどがごみを持ち帰ったことです。日本では主催した側がほとんど片付けると思いますが、彼らは紙くず一つ残さず全部持って帰ります。そういったことが自然に出来るのは良い事だと思いました。他には、エレベーターの乗り降りの際に声を掛け合うのも感心しました。日本だと邪魔だとばかりに押されることもあるので、こういった慣習は日本にも広まって欲しいと思います。
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こういった文化の交流ということで、言葉も大事ですが、それ以前に人間はパフォーマンスで理解し合うと思います。ホームステイ先でなかなか会話が始まらなかったことがありましたが、その子は音楽が好きでドラムをやっており、ファミリーのお父さんが私はバンドを組んでいる、ということで一緒にやってみたところ非常に盛り上がって理解し合うきっかけになったということがありました。私も空手をやっておりまして、若い頃には空手をパフォーマンスでやったこともあります。ひとつの日本の武道として空手を実演して見せたら、それだけで尊敬されました。こういったきっかけも文化の交流では大事だと思います。言葉が話せないからと引っ込み思案になるのではなく、何か日本の文化などを披露することで、繋がりを創れると思います。日本にはいくつもの道、茶道や華道などがあります。それらを紹介できれば、日本に興味を持って貰えるきっかけとなると思います。
あともうひとつ面白いエピソードがあります。これは余暇の話なのですが、施設を造ってくれた人の知り合いがハンターでして、紹介するから無人島に一緒に行こうと誘われました。小型のプロペラ機で行ったのですが、今から着陸すると言われても飛行場らしきものは見当たりません。よく見ると草むらの中に茶色い線が見えまして、それが滑走路だと言うわけです。舗装もなにもしていない場所に着陸したところ、ガラクタを入れるような場所に何とか空港と書いてあるわけです。そこからバギーで移動することになったのですが舗装も無いので、走り始めたとたん砂埃で頭から全部真っ白になりました。道が悪いのでがたがたするのですが、そんな中を楽しそうにその人たちは行くのですね。日本だったらやめようと言うところなのですが。
そのような体験をしながらある場所まで行ってお昼をご馳走になりました。すると今度は狩りに行こうと誘われまして、何を狩るのかと聞いたら、野生化した羊がいるからそれを狩るということで、1人が石を投げて狙いを定めます。そして羊が群れから離れたところを銃でしとめるわけです。倒れた羊をその場で解体するのですが、私は気持ち悪くて見ていられませんでした。そして肉だけ獲って後はそのまま置いて行くのですが、ハゲタカが来ており、後は処理してくれるわけです。帰り道でハイキングに来ていた老夫婦に会いましたが、奥さんは羊の肉を見て、顔を真っ青にしていました。いろいろな人がいるわけです。アメリカは自由で、人権が発達していて、とよく言いますが、色々な考え方があるということを実感しました。
ちなみにその肉はどうしたかと言いますと、生徒たちのパーティーに出ていました。生徒達は美味しそうに食べているのですが、獲って来た過程を知っている私としては、何か考えさせられるものがありました。
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また、ケイトスクールの事務局長のお宅に行ったときに、ひとつのアメリカの問題を考えさせられました。それは「銃社会」です。
これは頭では理解していたつもりでしたが、家にライフルが置いてあり、花を飾る皿には弾が入っているわけです。何でだと聞いたら、熊がでるので戦わなければならないということでした。
熊といえば八雲レジデンスの場所にも出て来ると言われていたのですが、実は私、熊と遭遇しました。生徒を先導して、車を運転していたとき、突然2m程の熊が出てきたのです。私が運転しており、あと3人乗っていたのですが、そのときの対応が面白かったです。国際教育とは関係ないのですが、人の考えの相違を実感できました。熊が出たときに私は轢き殺そうと思ったのですが、隣にいた人は逃げようと思ったそうです。後ろに乗っていた人は、そのままじっとしていようと思ったそうです。ですから私がアクセルをふかしたら、何をするんですかと言われました。皆さんならどうしますか?
話がそれましたが、銃というものが本当に必要なのだと感じました。施設工事のワーカーと少し話をしたとき、銃の話題になり、興味があるのかと聞かれたので、興味はあると答えますと、銃器がいっぱい詰まった車のトランクを見せてくれました。日本は一応銃社会ではありませんので、なかなか身近に感じませんが、アメリカではそのへんにいる人が持っていてもおかしくないという恐さを覚えました。「持っていたら危ないのではないか」と聞いたところ「銃が危ないんじゃない。危ないのは人間だ」と言われました。名台詞ですね。
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異文化体験に関する考え方について少し触れたいのですが、世間ではよく異文化体験や英語教育を文系教育と位置付けることがありますが、私はこれは間違っていると思います。英語とはひとつのツールであり、体験というものも文系・理系という枠組みで語られるべきものではありません。理系を国際的に大成させるためには英語は間違いなく必要です。文系・理系というのは受験としてどうか、という考え方であり、学問として考えるときは、文系・理系ではなくどちらにも必要なものとして、英語を位置付け、異文化教育に繋げていくべきだと思います。
また、女子教育における英語を通しての異文化体験の重要性についてですが、女子には話すことでエネルギーを発散し、知識を得ていくという特性があると思います。それを活かす為にも、英語に限らず様々な言語に若いうちから触れさせるべきだと思います。また、異文化体験の必要性に関してですが、女性はある時期閉鎖的な空間に陥ることがあります。例えば子育てをするといったときに、子供を目の前にしてなかなか他の考えが入り込む余地がなくなっていくわけですが、若いうちに可能性が広がるような経験をしていれば、そういう閉鎖的な中でも考えがクリエイティブになります。そして、子供も広い視野で育てることができるようになります。国際人として活かし続けられるかどうかはその人の人生次第ですが、日本の中にいても広い視野を持つことは大切であり、子供にも良い影響を与えると思います。
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異文化体験教育の意義は、様々な体験を通して想像力と創造力を発達させることだと思います。
「英語圏一箇所に行ってそれがわかるのか」という問いもありますが、我々は様々な国を体験するほどの時間はありませんし、ただの旅行をするのでは一部しか見ることができません。ひとつの場所で本当の意味での生活感のある体験をすることで、その国に対する想像力が働くようになります。そうなることで、行ったことの無い国でも、ある程度的確な判断が下せるようになると思います。
異文化体験へ向けての学校の取り組みとしては、人前で話す訓練、表現力を増す訓練、人種に対する免疫性を増す訓練を行なっております。こういったことは、日本でも出来ることが多くありますので、それを積ませてから、現地に行って経験をさせるわけです。
現地での経験、いろいろな人との出会いもあり、別れもあります。こういう体験、別れる悲しみを味わうことがやはり大事なのです。しかし、面白いもので、生徒達はこの別れの後八雲レジデンスに行くのですが、その綺麗な眺望を見ると今泣いていた人間が嘘のように、別の世界に入っていくわけです。これがある意味で人間のよさだと思います。しかし、体験したことは生き続けると思います。
八雲レジデンスの意義ですが、気候、星空など様々な感動があります。そして土地自体を空手家から譲ってもらったということもあり、毎年何度か世界中の弟子達が集まることがあるのですが、そこで世界中の情報を共有できる。そしてアメリカだけでなく、他の文化もあることを生徒達も認識して、別の世界観を持つことができるのです。
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私は車窓が好きなのですが、それを見ながら、あるいは飛行機から雲海を見ながら夢を膨らませ、物を考える、この経験は人間を変えていくと思います。いずれにせよ良い人々にふれ、美しい自然の中で自分達の存在を見直すことも大事なことなのではないかと思います。
取り留めの無い話になりましたが、皆様の思う異文化教育の重要性はおそらく変わることが無いと思います。これからも日本の子供達を本当の意味で国際的に通用する人間として育てるために、異文化を教えていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
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| 近藤先生の学校のプログラムに関してはよる具体的にパネルディスカッションにて鈴木先生よりお話しして頂きますが、より良い体験を生徒にしてほしいという思いからうまれた現地の方々とのネットワークとコラボレーションがプログラムの成功の鍵を握っているのではないでしょうか。近藤先生のお話しの中に垣間見えた明確なビジョンと豊かなコミュニケーション力はまさにこれからの世界をリードしていく子ども達に求められる資質の一つではないでしょうか。 |
| 司会:石井 |
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