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【基調講演】新しい学習フィールド〜アルザスの魅力〜

 

【基調講演】新しい学習フィールド〜アルザスの魅力〜

CEEJA(アルザス・ヨーロッパ日本学研究所)所長 

 本日はこのような機会をいただき、たいへん感謝しております。アルザス・ヨーロッパ日本学研究所所長という立場から、学習フィールドとしてのアルザスの魅力についてご紹介したいと思います。
 アルザスはフランス東部に位置する小さな地域です。南北200km、東西50kmの長方形の形をした土地で、およそ170万の人々が住んでいます。東と北はドイツ、南はスイスとの国境になっており、このような地理条件から様々な国の、とりわけラテン諸国、そしてゲルマン民族の影響を強く受けております。

 アルザスの名が初めて歴史書に現れたのは、紀元前60年のことでした。当時、ローマ人たちとゲルマン系民族との最初の文化的な衝突がありました。ユリウス=カエサルのアルザスへの侵攻は、それ以後に続くラテン系民族とゲルマン系民族の紛争の始まりとなりました。中世以降ゲルマン帝政の支配下に入ったことにより、アルザスはドイツ語やドイツの文化を吸収しました。その後、ヨーロッパを二つに割った宗教戦争の結果、アルザスはフランスの領土の一部とはなりましたが、まだこれは最終的なものではありませんでした。1871年ロシアとドイツの戦争があり、このときにアルザスはドイツの領土となりました。日本でもよく読まれ、教材にもなっているアルフォンス・ドーデ作『最後の授業』という小説は、この時代のアルザスを描いたものです。そして、第一次大戦後の1918年、アルザスは再びフランスに戻りました。その後、1940年から45年、第二次大戦で再びドイツに組み込まれましたが、戦後再びフランスの領土となり今に至ります。アルザスはこのような激闘の歴史にその足跡が刻まれているわけです。戦争も経験し、ドイツとフランスという二つの大国の狭間にあって両国の火種となっていましたが、今はそれがプラスに転じて、ヨーロッパ政策の中でも大きな役割を担う両国の橋渡し役として存在しています。

 激動の歴史を辿ったわけですが、この経験から両国の文化を吸収できたことには大きな意味があったと思います。現在、アルザスに進出してくる多くの日本企業の方からも、ヨーロッパの中で最も居心地が良い地域と言われております。アルザスはもともと二つの文化が混ざり合っていますので、新たな文化を受け入れ易くなっているのです。

 アルザスは、EUの構築にも大きな影響を受けました。地理的にみるとEUの中心にあたり、中心都市のストラスブールには、ヨーロッパの多くの機関、欧州議会や欧州評議会、欧州裁判所などが存在します。またヨーロッパ行政学院という機関もあり、ヨーロッパの政治制度などについて研究を深めています。
大学など教育レベルの話で見ても、様々なヨーロッパの会合が持たれております。ストラスブールには、学術ヨーロッパ基金というものがあり、科学的研究がされています。また、隣国ドイツやスイスの大学などとの協力があります。

 

 アルザスは非常に美しい地方です。もちろん戦争の跡は残っており、破壊されたものもありますが、多分に中世の面影を残す美しい街に、多くの観光客が訪れます。大きなブドウ畑が広がる合間には、400〜500年の月日を経た家がいまだに残り、中世の町並みそのもの、ちょっと昔話のような村を見ることができるわけです。また、ワインの産地としても知られており、ワイン愛好家も多く訪れます。そして、ワインのシーズンの次にはクリスマスが来ます。アルザスにおけるクリスマスは、非常に大きなイベントです。クリスマスといえばもみの木ですが、このもみの木を飾るという習慣は、1520年頃アルザスから始まったものなのです。

 このようなアルザスの地が、日本とどのような関係にあるかについて次にお話します。地理的に見れば、日本とアルザスは非常に離れておりますが、歴史的には明治維新の頃から双方の関係が築かれていました。まず、19世紀の前半に、アルザス地方から多くのカトリックやプロテスタントの宣教師達が日本を訪れました。日本のミッションスクールで教鞭をとったのも、これらの人々でした。彼らの持ち帰った品物が美術館、博物館に飾られるなど、こういった昔の絆の跡は現在でも見ることができます。

 さらに近年になりますと、経済関係が日本とアルザスの間に結ばれました。日本が非常に大きな成長を遂げた80年代に、多くの企業が海外への投資先としてアルザスへ目を向け、北から南まで、日本企業が進出いたしました。つい数週間前にも、三菱重工がアルザスの南部に位置するミュルーズに投資するというニュースがありました。

 80年代には、経済・人間・文化の絆をもっと強固なものにするため、東京にアルザスの常設オフィスが設立されました。その時期に、交流活動の一環として成城学園がアルザスに建てられ、20年近くにわたり、多くの日本の若者達がこの地を訪れ、学びました。現在でも多くの若者達がアルザスを訪れますし、また、かつてアルザスで学んだ日本の学生たちが企業や国の責任のある立場となって再びアルザスに戻って来る、という事例も増えてきています。かつて自分達が学び、愛着を覚えた土地に戻って来る、こういった関係がアルザスと日本の絆をよりいっそう深めているのです。

 アルザスで育った日本の子どもたちは、見事にアルザスの社会の中に溶け込みました。例えば、学校の近くに位置する村では、多くの家族が週末などに日本の若い生徒達をホームステイで受け入れました。それから、この地方のお祭りなどのときには、いつも成城の生徒達が土地の人々に混ざって楽しんでいました。このようにアルザスは、日本に対して非常に親近感を持っております。25年間共に生活したようなものであり、ヨーロッパの中でもこれだけ日本と共生を行なった土地は他にないと思います。アルザスでは毎年10月にぶどうの収穫にあわせて新酒のお祝いというものを行なうのですが、これはそもそも日本人社会の方々との交流のために始まった行事です。今では私たちの秋の「出会い」の伝統となっています。

 

 それでは次に、アルザス・ヨーロッパ日本学研究所(以下CEEJA)の話をしたいと思います。
 日本とアルザスに関係が結ばれたとき以降、私どもは経済と人間的関係という二つのものを両立させていきたいと考えました。経済関係面では、ソニーやリコー、シャープ、ヤマハなどの企業が進出してきました。それと同時に、文化的・人間的な関係というものを築くため、20年以上にわたって、コンサートや展覧会、そして講演会などの様々な文化的なイベントを企画し開催してまいりました。

 こういった交流をより促進するため、4年前にアルザス地方のオーランという県からの財政的な援助によって、より公的な機構ができました。私たちの文化的な活動に対してオーラン県当局が与えてくれた機構とも言えますが、これに成城からの出資もあり、設立されたのがCEEJAです。

 この研究所には二つの目的があります。まず、アルザスの人々に日本の文化を伝えるということ。そのためには様々な催しは、国際交流基金なども含めた様々な団体の協力を得て実施されております。そしてもうひとつの目的が、大学レベルでの日本学の研究です。日本の文化や歴史に関しての研究は、これまであまり行なわれていませんでしたが、現在ではCEEJAにおいて定期的なセミナーを行ない、ドイツやイギリス、イタリア、オランダなどヨーロッパ各国の先生方が集まり、日本に関する多様なテーマの研究を重ねております。例えば『明治時代の報道について』『歌舞伎について』など広く研究を進めています。我々は、ヨーロッパのほとんどの大学が、日本語を教え、日本の文明に関する講座を持つべきだと考えております。この研究所がヨーロッパ全体の日本学の発展というものに貢献しているわけです。

 

 次に、キンツハイムの施設を少し紹介したいと思います。
 ここには、20年間成城学園がありました。80年代にできたのですが、ヨーロッパにある他の日本人学校と同様少子化や経済的な問題から、残念なことに閉校してしまいました。
 この施設は、コルマールから約10キロの、ブドウ畑の真ん中にあります。もともと18世紀には小さなお城でしたが、1840年代にシスター達の学校、ミッションスクールになりました。そして80年代に成城の設立、という歴史をたどってきています。

 広大な敷地内には、何世紀も前から立っている多くの樹木があり、長い時間の中で美しく育っております。また、建物もかつての小さなお城ということで、歴史を感じさせる建築物になっています。成城が所有していた際には新たに二つの宿泊施設が建てられました。それぞれが女子寮、男子寮として使用されており、各棟にベッドが100あります。最後の工事が終わったのが1年半前、非常に美しいモダンな建物に日本風呂なども備わっており、アルザスの地に学びに来る若い人たちを受け入れるのに充分であると思います。40〜50人規模でのミーティングスペース、また、かつてのチャペルを改装した200〜300人収容の会議室もあります。その他にもフットボール場などの屋外の競技施設、また自慢なのが日本の図書室で、約65000冊の本があります。CEEJAの日本学研究のベーシックな資料もこの図書室に入っております。

 この施設は公的なものでありオーラン県が所有しております。成城の閉校後、我々はこの施設をどう活用すべきか議論をいたしました。そのとき、当時在仏日本大使であり現在の日本財団会長でもある小倉氏が、20年間日本人が生活した施設なので、今後も何らかの形で日本人が使うように継続していきたいということを述べられました。オーラン県当局との話し合いの結果、建物をそのまま維持し、日本人のために使うということになりました。

 CEEJAもこのキンツハイムの施設の中に研究所を移します。私たちの役割は、このフィールドを利用する日本人学生や子どもたちを受け入れ、最適な学びの場を提供できるようお手伝いをすることです。
 現実的な話になりますが、私たちは生徒たちに長中期滞在でじっくり学んでほしいと考えています。そのため、施設のオーナーであるオーラン県とは、宿泊料を取らないという方針で話をしております。光熱費・食費といった必要経費のみのご負担で、心楽しい滞在をして頂きたいと考えております。

 

 少し時間がありますので、我々が具体的に何をできるかという事を話そうと思います。
 アルザスと日本には、日本企業や成城との関係を結びながら構築してきた20年来の協力関係があります。従って、アルザスには日本語や日本の文化に親しんだ人々が多くおります。ストラスブール大学には、日本語講座があり、日本語学科もあります。大学のみならず、地域住民の中にも、日本語を用いてフランス語や文化、歴史を教えられる人が多く存在し、日本の生徒さんがたにも学びの機会を提供することができます。コルマールには国内でも数少ない、日本語の授業がある高校もあります。日本からの学生も受け入れております。数週間前にも、広島の高校生がここを訪れていました。こういった機会が、日本とヨーロッパの絆に気付くきっかけとなれば、生徒さんがたのアルザス滞在がより実りあるものになると確信し、私たちは環境を整えております。日本もアルザスも非常に深い根を歴史に張っている土地柄です。他のいかなる人達よりもお互いを理解できるであろうと思います。

 アルザスはヨーロッパの文化が集まる中心地であり、日本に対する関心も深い場所です。だからこそ、若い人にとっては世界に対しての開口部となりうる場所であり、ここから様々な文化を吸収していくことができると思います。先ほど申し上げたように、アルザスは非常に隣国との接点が多い土地柄です。ドイツのフライブルグには、かつての有名な大学がありますが、キンツハイムからわずか50キロしか離れておりません。スイスのバーゼルも65キロの場所にありますし、イタリアやベルギー、オーストリアなども車で数時間でたどり着くことができます。

 先ほど横田会長が、日本のグローバル教育はまず英語圏に目が向く、ということをおっしゃっていましたが、それは私たちも充分に存じ上げております。英語が国際的な言葉であり、意思疎通のための言語であることは疑いありません。しかし、アメリカにはアメリカの文化があり、ヨーロッパにはヨーロッパの文化があります。「西欧」というひとくくりで見られる時代はもう終わったかとは思いますが、この2つの大陸の文化は全く異なったものなのです。アメリカとヨーロッパのどちらかを選ばなければならない、という時に、日本はヨーロッパを知っているべきだと思います。経済的にもヨーロッパは世界の市場の重要なひとつであり、5億以上の消費者がおります。単なる伝統と文化の美しい都市、ではないのです。

 もちろんヨーロッパには、昔からの古い文化というものがあります。印象派、それからアールヌーボーですね、こういったものも、北斎など日本の芸術家の影響を相当受けており、彼らの活動がなければここまでの発展は無かったと思います。このように昔から洗練された深い絆が、人間的に、文化的に存在しているわけです。ですから、日本とヨーロッパの関係を踏まえた上で、そこから英語の世界というものに向けて開かれていけば良いのではないでしょうか。

 英語の役割は良く分かりますが、ヨーロッパの文化は、英語で語られるものではありません。ヨーロッパで大事な言語は、ドイツ語、イタリア語、フランス語、そしてスペイン語であります。むろんイギリスでは英語をしゃべりますが、ヨーロッパの文化に対して必要なのは英語ではありません。日本の若い方たちが、本当の意味で世界的な見方を知るためには、やはり直接このヨーロッパというものに触れることが必要だと思います。

 アルザスはヨーロッパという意味では良い場所にあります。ヨーロッパに対して道を開けていく、それにはアルザスが適していると思います。私たちとしては、日本の方々をアルザスにお迎えすることができれば大変嬉しく思います。そして皆様にとってアルザスがどういうものであるか、ご自身で判断していただきたいと思います。

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 クライン氏のご講演から、アルザスが様々な可能性を秘めた学習フィールドであるということをイメージして頂けましたでしょうか。アルザスの中心都市、ストラスブールには欧州議会があるというお話しがありましたが、欧州統合の基本思想をつくり運動したクーデンホーフ・カレルギーという人物は日本とヨーロッパの関係を語る上で欠かせない人物です。彼のお母様は香水で有名な光子夫人です。世界市民として活躍をし、語学に堪能だったカレルギーですが、語学だけでなく自分の考えをヨーロッパ中の有力者に伝え実現させたコミュニケーション能力こそがカレルギーのリーダーシップだったのではないでしょうか。
 カレルギー氏は、未来の子ども達に描いてほしい一つのリーダー像ではないでしょうか。CEEJAのクライン氏、そして私学の先生方と共にEUプログラムを通して未来を創って行く子ども達を支援して行く、そんな夢を是非実現したいと思っております。
司会:石井

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