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第一部 【基調講演】 本物に触れる講座・・・聖光塾・選択芸術講座の試み

聖光学院中学校・高等学校  沖田 耕一氏

1.感性を養う講座とは

 まず聖光学院の教育方針というのは、カトリック的世界観に基づき、献身の精神を高めると共に、高度な学識をも高めていくことを目標としています。
 ここでいう【学識】とは、単に大学受験だけにはとどまらず、聖光を巣立っていく生徒たちが大学などの高等教育の中で、そして社会の一員として社会を担っていくうえで必要とされるであろうものと捉えております。
 我々がこの高度な学識の育成ということに関して最も重要であると考えているのは、普段の授業の積み重ね、特に教員の充分な教材研究、授業へ対する意識の高さです。それらの質を高めていくことが、豊かな知性を育み、高度な学識を持つことができる一番の王道だと考えています。

 一回一回の授業で生徒たちに伝えられる内容は、我々教員の中で精査され、理論立てられた知性の体系であると思います。それら一つ一つを個々のものとして吸収することは、生徒たちにとってさほど難しいことではないと思います。一方で、その内容を生徒達が自ら再分解し、有機的につなぎ合わせる、そして論理性・創造性を発見していく、ということは非常に難しいことです。しかし、我々の求めるべき本当の【学識】というものは、この作業を自分自身で行なえる力であると考えています。
   
 生徒は日々の授業の中で、様々な知識を吸収していきますが、時にその中でも理解できない事象というものにぶつかっていくと思います。そういったときに何を創り出せるか、何かを見つけられるか。知識の積み重ねの中で、感覚的に物事の関連性を見つけ出し、そこから答えを導き出す、そういう知性を創っていきたいと考えております。そうして積み重ねてきたものが、頭の中で有機的に繋がる作業、それを生み出すものが【感性】だと思います。このような感性が研ぎ澄まされていくことが、新たな知性、高度な学識へと繋がっていると考えております。

 その感性を得るための体験は、やはり【本物】の感覚、そして感性でなければならないと考えています。それは、【本物】が持つ、極限まで合理化され、研ぎ澄まされた感性こそが、生徒自身の感性を揺さぶり、研ぎ澄ませていくと考えているからです。この本物に触れる講座というのが【選択芸術講座】であり、【聖光塾】であります。
 本物の持つ研ぎ澄まされた感性をありのままに体験する、時にはその気迫とか、もしかしたら恐ろしいという感じを受けるかもしれません。しかし、そういったものも直接正面から受け入れていく、体験していくということが、生徒自身の感性を研ぎ澄ませ、ひとつの論理性というものを嗅ぎ分けていく、ということに繋がっていくのではないかと思っております。
 言ってみれば【切れのある生徒】ということなのかと思いますが、そういう生徒を育てていきたいと思います。ただ単に暗記をするだけの生徒ではなく、自分の中で何かを吸収して、そこから自分なりの論理性を導く、そういう感性を養っていきたいと考えております。

 

2.聖光塾、選択芸術講座の実践例

 中学2年生で実施する選択芸術講座は今年で4年目を迎えます。毎週土曜日の3、4時間目を選択芸術講座の時間とし、各自希望にあわせてひとつの講座に属します。そして、プロである講師から1年間指導を受けることになります。中学1年のときに希望を取るのですが、私が中1の担当をしているときは、師匠と弟子のつもりでやれ、そうすれば必ず何か得るものがある、という話をしております。全部で11の講座があり、ひとつの講座がだいたい20名というのを基本としております。ヴァイオリン、書道など、選択した講座を1年間通して受講し、最後に発表の機会を用意しております。また、翌年の4月にある聖光祭でも作品の展示などをいたします。
 また、現在21講座用意されている聖光塾は、全学年を対象にしております。内容によって、ある程度対象学年を絞っていますが、基本的には学年の枠を超え、各自が興味ある講座を自由選択します。時間さえあれば、複数の講座を選択することも可能です。放課後に行うものから、試験休みや長期休暇を利用して宿泊型で行うものまで、内容によって日数も異なりますし、学校内だけで行うのではなく、実際に裁判所に出かけたり、専門家や企業と協働したりして、様々なフィールドを活用しています。

 それでは具体的にどういったことを行なっているのか、いくつかご紹介していきたいと思います。

《選択芸術講座 ヴァイオリン》
 ヴァイオリンは、小さいころからやっていた生徒などもおりますので、レベル分けをして行なっております。
 初心者のクラスなどでは最初はとにかく音が出ません、正確には思った音が出ません。講師に、こういうふうに弾くんですよ、こうやって構えて、などと言われてもなかなか思った音は出ません。そしてそれを体得していくのが感性の部分だと思います。弾きかたを習ってもなかなか音が出ない、そういったことを1年間繰り返していくうちに、自分なりにこうやったら音が出るんじゃないか、といったことを体得していくわけです。

《選択芸術講座 絵画、書道》
 どちらの講座も一番基本のことをやっております。絵画であれば目の前にある石膏像を描きなさい、書道ならば講師の書いたお手本を真似しなさい、といったことですが、これがなかなかできません。自分では理解している、こうなっているのではないか、と思うわけですが、実際には手が動かない。石膏像や講師の手本を前にして、なかなか書けない、でもそれを何とか書こうとしていく、その中で筆遣いなどを1年間かけて体得していくわけです。ヴァイオリンの例とも共通しますが、こういう形で感性というものを養っていけるのではないかと思います。

《選択芸術講座 演劇》
 この講座では、生徒はA4の紙2枚に渡る長ゼリフを覚えます。非常に長い台詞など、覚えようと思ってもなかなか覚えられるものではありませんし、思い出そうと思って思い出せるものでもありません。そういうときに、体で覚えなさい、と指導します。台詞にもリズムがあり、それを体で体得していくと、初めて自分の形で表現できるようになるわけです。

《聖光塾 里山の自然・農業体験》
 人間も当然のことながら自然界の中にいるわけです。その自然界の中でどういった体験をしていくか、まずは中に入ってみる、様々なものを作ったり、見たり、触れたり、時には食べたり、「甘い」とはどういうものなんだろう、「苦い」というのはどういうものなのだろう、「豊かな土」とはこういうもの、といったことを体験していきます。そして実際に土の中に入ってみる、泥だらけになってみるといったことで感性を磨いていくことをねらいとしています。

《聖光塾 裁判傍聴》
 場の空気というものを感じたい、裁判を傍聴して、例えば傷害事件の第1回目公判、目の前には被告がいる、弁護人がいる、その向かいには検察官がいる。中央には裁判官が静かに時を待っている。この空間を味わうだけでも何か伝わってくると思います。その研ぎ澄まされた緊張感が感性を磨いていくのだと思います。

《聖光塾 仕舞》
仕舞は、国立能楽堂で研修生の経験を持つ本校の教諭が指導し、本格的に取り組みます。手ほどきを受けて、最後に横浜能楽堂で実際に発表する。実際に能舞台に立つだけでもおそらく感じるものがあると思います。あの幽玄な世界の中で自分が型を意識しながら舞うということそのものが感性を揺さぶるのではないでしょうか。

《聖光塾 Honda「発見・体験学習」 『Post ProjectX 〜最先端を超えろ〜』》
 ツインリンクもてぎという場所には、本物の人がいて、そして多くの夢があります。これまでの時代を担ってきた人、これからの時代を担っていく人、そしてその結晶体として現れる数々の技術と、思想、そして夢。この中にいるだけでも、充分に感性は刺激されるのではないかと思います。本田宗一郎氏のスピリットがあり、今のHondaを、環境問題を支える人たちがその場所にいるわけです。そして、切磋琢磨しながらプレゼンテーションをしようとひたすら考え抜くチームがその場にいるわけです。本物の人というのがそこにいるのではないか、そこで得られる感性というものがあるのではないか、我々は生徒達が本物に触れて感性が揺さぶられ、研ぎ澄まされていくことを願い、こういった講座を行なっております。

 

3.評価と課題

 教員というのは、評価をしたがってしまいます。もっともこれは当然のことです。限られた時間の中で、各学校における目標まで生徒たちを到達させるためには、即座に生徒たちの到達度をはからなければなりません。その到達度がフィードバックされることで、よりよい次の教育課程を形成することができるからです。
 そう考えますと評価は行なわなければならないのかもしれませんが、感性を養うこと、その結果として知性を高めること、などは非常に評価のしにくい項目です。
 養われた感性を測定するためには、感性自体を科学的に評価する必要があります。知性が高まったかどうかについても、授業の後の定期テストであるとか、それら単発的な評価で測定するべきものではありません。「わかった」ということに気づくというのは、個々の生徒の知性や感性の積み重ねによって結果としてあらわれるものであり、生徒が大学生になったとき、社会に出たときにより感性が磨かれ、新たな理解が進み、わかったと感じることもあるわけです。そのときにはじめて知性が高まったと感じればよいのであって、感性を養う講座の効果があったとすれば、その時点ではじめて評価が出来ると考えています。
 そのため、現在のところ総合学習のひとつとして位置づけている選択芸術講座は各講師と、各個人の自己評価という形の評価になります。それも生徒たちの意欲・関心・取り組む姿勢の評価、という形にとどめております。そして希望制の聖光塾に関しては、基本的に評価は行なっておりません。
 生徒たちを導き、評価することになれてしまっている我々にしますと、その場で評価を行わないことは、ある意味将来的な不安を持ち続けることになると思います。感性は伝わったのだろうか、知性は高まったのだろうか、ある種放任主義的にもみえるこういった状況に対して、我々は心を痛めてしまいます。
 しかし、逆に心をいためること自体、本当は我々がやらなければならないことなのではないかと思います。学力考査や入試の結果で短絡的に生徒を評価してしまい、そのひとつの結果をその生徒の本当の評価であると思ってしまってはいけないと思います。そこで安心してしまうのではなく、その子が最終的に社会に出てどんな人間になってくれるのだろうか、心配することが我々の仕事なのではないだろうか、と思っております。
 なかには大学入試というところで結果を出してくれる子もいるかもしれません。または入社試験とか昇進試験とか、またはボランティアをやった、社会貢献をした、あるいは人間関係がうまく出来た、夢がかなった、など自分なりに評価すべきことなのだと思います。教員も、Honda「発見・体験学習」でラーニングアドバイザーやスーパーバイザーが行なっているように、生徒自身がわかったと感じるそのときまで待つべきなのだろうと思います。
 しかし、このような講座を行うにあたって注意しなければならないことは、評価をしないことで、教育課程や各講座が持つ欠点、プログラム自体の問題点を指摘できる機会を失ってしまうということです。したがって、このプログラムに携わる者は、いつでもその内容を客観的に評価しなければいけない、より研ぎ澄まされた感性でプログラムを客観的に見ていなければならないと思います。

 

4.おわりに

 このようにして聖光学院では、手探りの中、聖光塾・選択芸術講座というものに取り組んでおります。まだまだ4年目の講座でもあり、最初にこの講座が始まったときの生徒もまだ高校2年生です。したがってこの生徒達が、実際どのように成長してくれるのかはこれから先10年、20年というスパンで見ていかなければいけないと思います。おそらくそこまで我々聖光学院の教員は生徒達がしっかりと成長していけるように願いながら、心配し続けることになるのだと思います。


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