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六甲学院レポート[4] 六甲学院の教育方針―教育とは何ぞや!―

2002年3月7日
by 葛原 怜

■ 『教育とは何ぞや。』という疑問はこれから一生解決されないのだろうか。『勉強』と一言で言ってもその範囲は膨大である。主に『受験勉強』もその一つであるし、受験に関係のない言語を知る事や他国の文化を知る事も、重要な勉強である。受験勉強からは、ほとんど得ることのできない倫理的な教育はどこで行うのか。学校なのか、家庭なのか。果たして各家庭でしっかり教えることができる程の環境があるのか。

■ 「受験勉強は意味がない」と言う人もいるだろう。週休2日制が2002年度から導入されることになり、私学も検討を迫られている。週休2日になるとおのずと授業時間が減り、受験勉強にも支障が出るであろう。そうすれば今まで以上に、倫理について学ぶ時間や音楽、美術、体育といった教養を身につける時間が減らされていくのかもしれない。そこで私学は考えていかなければならない。

■ 『教育とは何ぞや。』という疑問はこれから私学にとって今まで以上に大きな課題となるであろう。そこで何を優先するのか、あるいは何を優先すべきなのか。ここで六甲学院の『教育』についてふれる。世界中のイエズス会の学校が抱える一つのテーマ『man for others』はこの学校でも一つの大きな意味を持つ言葉である。直訳すれば『他人のために尽くす』という意味だろうが、六甲学院では少しばかり違って訳される。『他人のために死ぬ』と。言い方は良くないが意味はそのままである。他人のために自己を犠牲にして、死をも覚悟できるようになれるのかという事である。

■ 人のためであって、決して自分の利益のためではない。他人の利益になることがまるで自分の利益となって返ってくるというのであろうか。並の人間にできることではない。そういった人間に少しでも近づくために、六甲学院は『教育』を行っている。そのためには何を行うのか?と疑問に思うところである。

■ 別に日々生徒に対し、『他人のために死ねる人間になりなさい。』など言っても仕方がない。生徒が日々様々なことを経験し、考えていく。あるいは感じ取っていく。そうする事で、まず人が『あるべき姿』をイメージし出すのではないだろうか。自分がその姿に近づく一つの手助けとして、この六甲学院では掃除や様々なイベントなどがあるのだ。

■ 世間の人々が『トイレの掃除を、上半身裸・裸足でたわしを素手で持ってやりなさい』と言われたら、なんと感じるだろうか。率直に嫌悪感を覚えはしないだろうか。だれでもトイレの掃除などやりたくないし、一部の人間を除いて大多数は上半身裸にもなりたくないだろう。それは六甲生とて同じ事である。真冬の寒い日に裸足で、濡れたトイレの床を歩き、上半身裸で冷たい水にたわしを入れて掃除する辛さが想像できるだろうか。『何でこんなことを・・・』『サボりたい・・・』と思いながらもそれでもやらなければならない状況下で、自分の欲望と責任感が葛藤するのだ。

■ 『我慢』は誰でも嫌なことである。そして辛い。自分の思い通りに物事が運んでくれればそれに越したことはないのである。しかし、思い通りにいかない時、人はどれだけ我慢できるかが問われる。日頃、我慢をしてきたのかどうかが問題になる。『他人のために自分を犠牲にする』上では、当然自らの欲望を抑え、人に尽くすことが必ず必要になってくる。

■ 六甲学院をはじめとするイエズス会の学校が掲げる『man for others』は簡単なことではないのである。汚職や非人道的・自己中心的事件が飛び交う現在の世の中で、他人を思いやる心はどこへ行ってしまったのか。もしかしたら、初めからなかったのかもしれない・・・。そんな世の中を少しでも変えていく人材育成がイエズス会のいう『man for others』に込められている。

■ 六甲学院の石碑には、初代の武宮校長が言ったこんな言葉が刻まれている。『すべてのものは過ぎ去り、そして消えていく。その過ぎ去り消え去っていくものの奥にある永遠なるもののことを静かに考えよう。』どういう意味だろうか、少しわかりずらいかもしれない。いや、『どういう意味か』という疑問の答えは存在しないのかもしれない。私なりの解釈は、『伝統』について言っているのではないかと思われてならない。

■ 『伝統』はその石碑の言葉で言うのなら『永遠なるもの』になるのではないだろうか。その過ぎ去り消え去っていくものの中で時代を超えて残っているのが『伝統』ではないだろうか。では、六甲で受け継がれていくものは何なのか。形として残るものは数多く見受けられるが、形として残らないものは何なのか。その答えの一つのヒントが掃除やイベントに表われているのかもしれない。『我慢』『協力』『誇り』『友情』など、それぞれの行事や日々の生活から得ること自体が一つの伝統となっているのである。そしてそれは、『六甲精神』として卒業生から現役生へ受け継がれていくのだ。

■ さて、ここで『六甲の教育とは何ぞや』という疑問に対して一つの答えが出てくるであろう。それは『伝統からなる六甲精神』であると。最初に述べた通り、進学校である私学は教育体制の変革が要求される時代になっている。それは六甲とて例外ではない。そんな状況下で受験を考えた勉強と生徒の内面的なことを考えた教育の両立が要求されている。六甲学院は勉強面にも重心を置きながら、生徒の内面育成に力を注いできた。『大学実績』を最優先に考える学校も数多くあるだろう。それが必ずしも悪いと言うわけではない。

■ しかし、勉強面だけを考えた学校は教師にとっては楽であろうが、生徒にとっては価値が低い。本当に生徒のためを考えた教育を目指す六甲学院は、週休二日制の導入の中で今までの教育を続けようとしている。それが生徒にとって最良の道だと信じて。


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