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成蹊小学校
学校説明会
(武蔵野市民文化会館にて)
2003年7月4日(金)14:00〜15:50
⇒ オープンスクールのレポートはこちら
スケジュール
(1) 13:40〜 学校案内パンフについての説明 教頭 高柴光男先生
(2) 13:45〜 学校紹介ビデオ上映  
(3) 14:02〜 あいさつ       成蹊学園専務理事 加藤 節先生
(4) 14:10〜 成蹊小学校の教育 学校長 岡崎忠彦先生
(5) 15:12〜 入学願書について 事務長 荒井隆一先生
(6) 15:15〜 入学選考について 教頭  高柴光男先生
(7) 15:22〜 質疑応答  

配付物
説明会プログラム
(2004年成蹊学園案内パンフ、2004年成蹊小学校パンフ、学校説明会資料は午前中のオープンスクール時に配付済みのため、説明会のみの参加者に配付)
展示物
なし

販売品
小学校発行誌「すもも」(学校生活の様子や教育方針をまとめたもの)500円

受付記入
なし

 午前中(10:45〜12:15)のオープンスクールにひきつづき、午後からは学園から程近い武蔵野市民文化会館に場所を移して説明会が開催されました。14:00からの開始ですので、両方に参加される方も十分に休憩ができたことと思います。
開始前には、高柴教頭先生より大幅改訂されたというパンフレットについてのお話がありました。「できるだけ子どもたちの活動に焦点を当てながら、時には教師の姿が入るのもやむを得ないというスタイルで撮影してあり、できるだけ子どもの姿を伝えたいという学校案内となっている。11月〜12月の学校行事でやきいも≠している光景が3枚ほどあるが、学校でやきいもができる環境はなかなかないと思う。小さな写真になってしまっているところもあるが、全容を網羅しているのでぜひじっくり見てほしい。教職員や事務職員の顔写真と名前も載せてあるので、併せてご覧いただきたい」とのことでした。
 ページをめくると、本当にお子さんたちの写真でいっぱいです!!普段の学校生活の様子が手にとるようにわかると言っても過言ではないでしょう。2学年ごとに見開きになったページには学級通信や週時数なども紹介されており、どこから見たり読んだりしても楽しいつくりになっていると思いました。




では、ビデオ上映の内容紹介につづき、先生方の言葉をそのままレポートします。

● 学校紹介ビデオ上映 (先生が撮影&編集し、初めて公開した手作りビデオ)


「入学式」:6年生のリコーダー演奏によるエルガー作曲「威風堂々」第1番が美しく響くなか、胸を張っての入場です。 

「運動会」:全校生徒が赤組と白組に分かれて競技をします。赤組の応援団長の衣装が赤ではなく桃色なのが印象的でした。応援合戦も歌あり踊りありでとっても元気!名物の「大玉送り」の玉が本当に大きいのでビックリしてしまいました。

「1年生の学校生活」:東組、西組、南組のそれぞれの様子を紹介
・木の観察 ・体育 ・給食 ・畑でお野菜の収穫(二十日大根) ・算数 ・収穫したお野菜を食べてみる ・休み時間(トンネル山に登って遊んでいる様子) ・帰りの時間




●成蹊学園専務理事の加藤先生より

 成蹊学園は、もともと「桃李不言 下自成蹊」─ 桃李ものいはざれども、下おのづから蹊〈こみち〉を成す ─ということをモットーとしているため、あまり人様の前で自分たちの学校を誇りにするというということをしてこなかったが、今日は成蹊に関心を持った方に来ていただいているので少しこのモットーからはずれて自慢をしたいと思う。
 人様の前で誇っていいものが3つくらいあると思う。ひとつは伝統の長さ、伝統の重さであり、それは2012年に百周年を迎えるという単なる時間の長さだけでなく、常にその前提として創立者の中村春ニ先生が掲げた「個性を引き出し、人格の陶冶をはかる」という人格教育の理念を教育の根本に置き今日まで歩んできた、教育理念の一貫性からくる伝統の重さということである。
 二つ目は、小学校から大学、大学院まで、非常に優れた教育者集団をかかえているということ。基本的に教育とは人間が人間に対して働きかける行為となるため、どうしても優れた先生方がたくさんいないと教育の質が維持できないということがあり、その意味で広く人材を求めつづけてきている。
 三つ目は、学園全体が着実に改革を積み上げていく精神にあふれているということ。単に掛け声だけで改革を唱えるのではなく、少し時間はかかっても着実に改革の実をあげていくことが学園の基本的な精神となっている。配付資料の中にも『新・成蹊創造プラン』という言葉が躍っているかと思うが、21世紀の中で学園を新たに創造していく観点でこの数年まさに学園の総力をあげて改革の方法を探ってきた。
 例えば、小学校に関しては、早い段階で30人学級に踏み切りたいという構想があり、2005年から部分的に30人学級に踏み切ることを考えている。また、小学校から大学までの国際理解教育=国際化の時代を生き抜いていくことができる国際感覚豊かな人材の育成を考え、国際教育センターを設けることとした。ここから小学校へ人を派遣して国際理解教育を進めていこうと思っている。既に小学校では英語に親しむ機会を作ろうということで英語教育に力を入れ始めているが、それをさらに進めて全学園的に国際理解教育を進めることを考えている。
 このように、伝統を引き継ぎながら、しかも優れた教育者集団が時代に即応した新しい学園を常に求め続けているという点に成蹊学園の大きな特長があると思っているので、ぜひ私どもの教育理念にご賛同いただき、多くの皆さんからご支持をいただけたら大変ありがたい。


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●岡崎校長先生より成蹊小学校の教育について

 今年、外で話す機会がたくさんあり、その際あえて成蹊小学校のことにはあまり触れないでやってきたが、今日はたくさん成蹊について触れていきたいと思う。
 まず、私自身は小学校から大学までほとんど公立で過ごしてきた。それなので、正直、成蹊という名前を知ったのは社会人になってからだった。東京で生まれ、高校まで東京にいたが、成蹊を知らなかった。そんな私が成蹊に勤めることが決まったのが24歳の時、当時の校長先生が誘ってくださったからだった。以来30数年、成蹊という場所で四季折々の自然の変化とともに生活し、そして子どもたちとともに生活するなかで、いろいろな苦しみもあった。いっしょになって笑ったこともある。今日のオープンスクールで見ていただけたかどうかわからないが、松林館の隣にある松林で、なかなか子どもたちと心がしっくりいかず、自分の想いが伝わらなくてひとりで「凝念(ぎょうねん)」をしていたことがあった。すると、自分のクラスの子どもたちが一人二人と集まってきて、やがてクラス全員が自分のまわりで凝念をしている姿があった。すごく嬉しかった。やはり、苦しさを乗り越えていくなかで、段々と自分も成蹊人になっていくのだと思った。
 
 子どもたちとこんな生活をしたい、こんな学習をしたいと思って前もって筋書きを書いても、実際には筋書き通りには進まない。むしろ全然違う方向へと転換することの方が多い。そんな日々のなか、子どもたちと心をひとつにしていくなかで、私は今ではすっかり成蹊の一員になったと思っている。卒業生が感じている強い成蹊への想いに負けないほどの気持ちを私は今持ちつづけていると思っている。身体全体が成蹊になってしまったような想いがしている。先程もお手伝いしてくださった保護者の方に、私はもうすっかり成蹊人で、数年後定年になって成蹊という二文字がなくなったときに自分はどうするのかと考えているなどという話をしたが、私は成蹊という学校が好きで、成蹊にいる子どもたちが大好き、そして成蹊に子どもをあずけている保護者の方々が大好き、そしていっしょに仕事をしている我々の仲間が大好き。そんな成蹊大好きの私が、今日は成蹊の自慢をたくさんさせていただきたいと思う。

 オープンスクールを始めて数年になるが、こうした、人に見られる、聞かれる、読まれる、そういう緊張の場面をたくさん自分に課すことによって、子どもたちも私たち教職員も成長していきたいと考えている。したがって、今日は成蹊という学校を紹介するとともに、成蹊で学ぶ子どもと教職員が共に成長を遂げる場と考えている。そういう意味で今日たくさんの方々が見えてくださったことは私たちにとってすごく力強い声援となった。ありがとうございました。
 ありのままの学校生活、子どもたちの生の姿を見ていただきたいと思い一日を組んでみた。子どもたちをつつんでいる自然環境、教育環境、人的環境、いろいろなプラス面、マイナス面がおそらく皆さんの目にはっきりと映ったことと思う。ただ、わずか2時間だけのことなので、すべてがわかっていただけたとは思わない。私学52校あるなかで、皆顔が違い、皆教育の方向が違う。ねらっているところは「子どもの幸せ」というひとつの大きな目標であるが、そこへ向かう途中は様々な道があり、自分の道を進んでいる。今日皆さんに見ていただいたのは、私たち成蹊小学校のひとつの道である。成蹊の蹊の「こみち」である。私たちはこの成蹊の道をしっかり作っていくことによって、その道を誰かがたずねてきてくれて、そして成蹊の想いを共にしようとする仲間が増え、蹊(こみち)がもっと固まっていくことを期待している。

 先日、スーパー歌舞伎を観る機会があった。三国志がテーマで「桃源郷」という言葉が出てきた。私たちが求めている成蹊のねらいもその「桃源郷」のひとつであると思う。このお芝居の中で、目の前の勝利だけを追うような将軍ではなく、後の世につながるものをつくり出すような将軍であってほしいということが出てきた。武器を捨て、本当の桃源郷を求めるために頑張ろうではないかというような内容が心に残った。成蹊の求めているのもまさにそこだと思う。目の前の幸せだけでなく、後の世の中でも役に立つ人を育てていく、これが私どもの創立者の想いだったと思う。
 資料の中の設立までの沿革を見ていただくと、1891年、中村春ニ、今村繁三、岩崎小弥太の三人の学生が東京高等師範学校に入学したことが書いてある。この三人の出会いが成蹊の起こりの源である。もし、ここで三人が出会わなかったとしたら、成蹊が後にあったかどうかはわからない。この中の中村春ニ先生が創立者であり、今村繁三先生は今村銀行の子息、岩崎小弥太先生は三菱の創始者岩崎氏の子息である。今村先生と岩崎先生はイギリスへ留学され、やがて中村先生が教育の仕事をしたいという熱意を示し、わずか三人の学生の世話を始めたところからスタートして段々と大きくしていく。それに対して今村先生と岩崎先生が全面的に応援をしてくださった。そのことが今の成蹊学園につながっている。
 1912年、成蹊実務学校を池袋に開校。中村先生は「一身の栄のみ念ぜず、常に世のため、人のために思いをいたすべし」と教え子に語り、社会に有能な活きた中堅人物を世に送り出したい、そんな想いで始めた成蹊学園である。そして、実務学校や中学校をつくり教えてみて先生が感じたことは、自分の想いが伝わるのはやっと卒業の頃、もっと早くから自分の考えが教えている子どもたちに伝わらないか、そうするためにはどうしたらよいか。こうして、根底となる小学校教育を大事にしなければいけないという想いから成蹊小学校をつくることとなった。

  <当時の中村春ニ先生の言葉>
 私は元来、教育事業に興味を持っていたため、物好きにも早くから少年師弟を我が家に引き受けて世話をしていました。そうして常に教育の不徹底を嘆いていました。そのうちに、どうか自分で思う存分にできる学校を経営してみたいと思って、数年来、岩崎、今村両氏の賛助を受けて実務学校を設立することになりました。いよいよ自分のものとしてやってみると、思うようにいかないことが非常に多かったのです。それは生徒が本当にこちらの気持ちになってくれないことでした。我々の考えていることと生徒の考えていることが一致しないのです。そこで、私はじっくり考えました。これは6ヵ年間教育されてきた小学校教育の根底が悪いからであると考えたのです。6ヵ年の基礎教育さえうんとやれば、中学に行っても大丈夫なはずです。何事にも自奮自励の精神をもって当たらしめ、自分のための教育だということを小さい時からしっかりと会得させたいと思います。教育は自分自身の発達進歩のために自分から進んで受くべきものだということを本当にわかりさえすれば、基礎の教育は成功したと思ってよいと思います。ですから、自学自修の習慣を確立させるということが小学校教育の根底です。この根底をつくるのが我が成蹊小学校であると考えます。これができるほどなら、こういう特別な学校を創立する必要はないのです。

 と断言している。つまり、今から88年前、中村春ニ先生は成蹊小学校をつくる時にこういう想いでいた。私たちはこの伝統の精神を受け継いでいるわけである。
 そして、小学校をつくってみて何かまだ足りないものに気づいた。この頃の中村先生は、夏休みに小学生を家庭にもどすことをマイナスと考え、夏休みをおかなかった。家庭に対して全面的な信頼をおいていなかったというと言いすぎになるかもしれないが、母親教育をしなければならないと考え、女学校をつくり、付属の幼稚園をつくった。現在はいろいろなものを統合していくなかでこの女学校と幼稚園はなくなっている。

 池袋に校舎があった当時、中村先生はこんな歌を詠んでいる。
 「道のべの椎の一本(ひともと)葉かげなほまばらなれども椎の一本」
道の端にあったほんとう小さな椎の若木を見て、まだまだ小さいけれどもやがては私が教えている子どもたちのように大きな大木になるだろうと考えた。もう一方で、道の端にあるどんなに小さいものでも、そこに目をつけることの大切さを中村先生は教えてくれた。
 結婚式のお祝いの言葉にもこの言葉を使うが、「いろんなものがあり、いろんな人がいる。みんなそれぞれよさを持っている。そのことを見つけられてこそ成蹊精神を極めた人といえる」と話している。そして、この歌は短冊になっており、小学校卒業の時に一枚一枚渡すようにしている。


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『本年度の教育目標』
一人ひとりを大切にした「成蹊教育」の場

 子どもたちが喜び勇んで集まってくる学校、そんな姿を日々の実践を通して私たちは求めつづけていきたい。また、おあずかりした子どもたち一人ひとりを大切にして、どの子にも様々な可能性があると確信し、「人間として生きていくための基礎・基本」を育てることを私たち全教職員一丸となって卒業まで努力していきたい。
 いろいろな学級や学年、学校での交流の場、その中で子どもたちと保護者、教職員のみんなが心や力を合わせて「子どもたちの幸せ」という共通の願いを達成するために意志と目的を持って前進していく。子どもたちの成長ぶりに心から拍手を送り、喜び合う、そんな「教育の場」を求めつづけていきたい。

 成蹊小学校ではいったいどんな子どもを求めているのかと聞かれたら、「私はその答えを持っていない」と答える。お子さん一人ひとりに良い面があり、もちろん欠点もある。それぞれの子どもが一人ひとりみんな違うのに、こういう子でないと受け入れられないなどとは言えない。私たちが今考えている試験を通して出た結果で合格者を決めている。そして、入ってきたお子さん一人ひとりの良い面を引き出していくのが我々の役目である。

≪成蹊小学校とは≫
  多くの仲間と、遊びや学習を通して友情の芽が育つ場
  勉強する楽しさがわかり、基礎的な学び方や基礎的な学ぶ力が身につく場
  自分のしたいこと、好きなことを見つける場
  自分の夢や希望が持て、充実感があり、楽しく明るい気持ちになれる場

 こんな場をつくろうと今、一生懸命考えている。
 成蹊の伝統を継承しつつも、時代に即応した新しい成蹊の伝統をつくろうと考えている。幸いこの恵まれた自然環境はどこの学校とくらべても負けないと思っている。四季の変化がいつも子どもたちをつつみ、登下校の途中でダンゴ虫を拾ったり、つつじの花の蜜を吸ったり、でんでん虫を採ったり、カエルのタマゴを触ったりなど、子どもたちが自然と学べる環境がある。
 「こみち科」の授業では、子どもたちが五感を駆使して、身体全体を使ってしっかりものを見つめ、見つめたままを自分の言葉で表現する、自分らしさを自由に表現するところを見ていただけたと思う。
 1年生が二十日大根の取り入れをしていたのを見ていただけただろうか。ビデオにもあったが、あるクラスではその二十日大根を洗って食べていたと思う。

<こみちカードの紹介>
二十日大根の絵:食べることがこみち科の目的ではなく、成長過程を観察していくことが大切な目的。

「あのね、はつかだいこんばたけへいってみると、はつかだいこんがむっくりでていました。あかいいろでおいしそうではやくたべたいな。」「あのね、はたけにゆうひがはんぶんしずむように、はつかだいこんのうえがみえていたよ。」「あのね、ねっこのなかからだいこんがでていてびっくりしました。」「がっこうのはたけからもちかえったはつかだいこんを、あ、きれいね。もったいなからといってほそながいコップにいれてみんなでみました。」「サラダをたべました。はつかだいこんのすじはだいこんのすじとよくにていました。でも、はつかだいこんのいろとだいこんのいろはぜんぜんにていませんでした。」

2年生では枝豆を育てている。3年生では畑で作ったきゅうりとトマトでサンドイッチを作って持ってきてくれた。4年生ではじゃがいもを育ててじゃがいも料理を作り、花の図鑑も作っている。5年生では大豆を作り、できあがったところですりつぶし、糀に混ぜてかめに入れ、3ヶ月寝かせて味噌を作る。そしてその味噌でおみそ汁を作ってみんなで食べる。これを手前味噌と呼んでいる(笑)。


<5年生の日記から>

「無農薬がいちばん。今日もイチゴが熟していてとてもおいしそうでした。もう少し熟してから収穫しようと思います。社会の授業で習った稲作りのことを私は思い出しました。私の家と共通していることがあります。私の家ではイチゴ、イタリアンパセリ、ミントなどを育てています。でもやはり農薬や化学肥料を使っていないので、工夫しないと虫に食われてだめになってしまいます。かといって、農薬や化学肥料を使うと人体や環境に影響を与えます。なので、お米の場合は稲にとってよくない虫などを食べてくれる合鴨を使ったりして、農薬や化学肥料を使う農家が減るといいです。農薬や化学肥料は生産量を伸ばしたり、殺虫、予防、消毒などをするのはよいけれど、悪いこともあります。環境や人体に影響を与えたり、次の年に土地がやせてしまいおいしいお米ができなくなります。やっぱり無農薬がいちばんです。」

5年生は大豆作りをしていくなかでいろいろな農薬についてなども学び、社会科の方でもこれに関連した勉強をしている。7月の半ばには裏磐梯に4泊5日で行くが、その中の1日、農家の方に子どもたちをあずけることを計画している。1軒の農家に6人ぐらいの子どもが行くが、農家の方からは先生たちはついてこないでくれと言われている。先生たちがついてくると子どもたちが生き生きできないからとのこと。子どもたちと農家の人たちがいっしょになって一日生活を共にし、お昼もそれぞれのお宅で違うものが出されるらしい。そして農協から同じおみやげをもらって東京に戻ってくることになる。わずか1日の農業体験では農家の苦労はわからないが、かわいい子には旅をさせよということでそんな経験を少しずつでも積ませてあげたいと思っている。


<6年生の日記から>

「小麦の収穫をしに行きました。畑へ着いたらどんどん抜いていきました。ひたすら抜いていきました。休めないのでよけいつかれました。はじめてだけどかなり取れていて、全部抜かないとなんないとなると気が遠くなるほど、結局終わりませんでした。あと半分ほど残っていたので、次のクラスがやるそうです。豊作だったのでうれしいです。」

 昨日の学級通信には、粉にしたという話が出てきていた。製粉してやがてパン粉にし、パンを作って自分たちで食べることになる。

「3、4時間目の時に麦の脱穀をしました。この時、鈴木先生が脱穀した3倍の量を取らないと罰ゲームです。先生は210gでした。なので、630g以上取らなければなりません。ぼくたちの班は最初地道なやり方でやっていったのでいっこうに進みませんでした。そこで、大胆な作戦に出たのです。最初にバケツでグルグルかき回して荒い脱穀をして、そしてボールで細かな脱穀をします。このやり方だとバケツでやっている時にだいたい脱穀できているので、あとはできていないところだけやればいいのです。ぼくはこれならいけるぞと思いながらはりきってやりました。残り10分、もう新しい麦がなくなったので、落ちていた麦を集めることにしました。床に麦のゴミを集めてホウキでパタパタあおぐ、そうすると見事にゴミ脱穀でゴミと脱穀できた大麦とが分別されるのです。この方法で最後のラストスパートをかけて計量に向かいました。計ってみると、針が動く動く。とうとう針が1000gを越え、1050gのところで止まりました。ぼくたちの班は630g取ればいいのに、1050gも取っていました。ヤッターと喜びました。鈴木先生は学年最高だねとおっしゃっていました。1050gも取れるなんて、うれしいです。」

 これでパンを作ったらどんなにかまた喜びが加わるか楽しみである。
また、こみちの時間でエプロンを作って、保護者の方を呼んでファッションショーをやる場面も日記にかなり出てきている。

◎給食棟
 1、2年生は1階で、3年生からは2階で食べている。全員が一堂に集まって同じものを食べている(量は違う)。もちろん自校給食、手作りの味。冷房もきいているので、環境の良いところで美味しい食事が食べられる状況になっている。学校全部で冷房がないところは1ヵ所だけで、体育館のアリーナのみ。今日も暑いが、冷房をガンガンかけていないことに気づいていただけたと思う。あまり冷房の環境の中に子どもをおくのもよくないと思い、コントロールしている。

◎安全対策
 幸い1988年には各教室にインターフォンを設置していた。守衛さんの巡回もある。今日歩いてもらってわかったと思うが、大学生や小学校から大学院までの教職員がいる大人と共存する社会の中に成蹊小学校がある。子どもたちのまわりには多くの人たちが私たちを守ってくれる人だと思うようにさせたい。人を信じる教育を大事にしていきたい。ただし、もし怖い目にあったり、困った時にはまわりの人に大声で知らせるように言っている。人を見たらすべて疑えということはしていない。


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<国際化>
 国際化を狭い意味での語学教育とは考えていない。英語のしゃべれる人間を育てるために国際化しているわけではない。まず日本人であってほしい。そして、日本人としての意識をしっかり持ったうえで、英語の話せる国際人をつくっていきたいという形で小学校から大学院まで一貫してその方向でいっている。
 自分の国の歴史や社会や成り立ちをしっかりと受けとめたうえで異文化について理解するような人間をつくっていきたい。つまり、グローバルな視野を持ったリベラルアーツの教育の体系化ということで「国際教育センター」というものが今立ち上がろうとしている。これは、ひとつのキャンパスの中に小学校から大学院まであるからこそできるものだと思う。
 小学校の英語教育は、英語の学力を伸ばすことを目的とするのではなく、英語に親しむ環境をつくり、その中で異文化に対する心理的抵抗をまず和らげることを考えている。そして、各英語の教室にTA(ティーチングアシスタント)という大学生が3年生以上の教室についていたのを見ていただけたことと思う。成蹊大学の英米文学科の学部生または大学院生がTAとしてついている。プールにもTAが1名ついている。同じキャンパスにあるということから、お互いに協力体制をとることによって、小学生のためにも役に立ち、大学生にとっても社会に出る下地を作る面で役に立つことにつながると思う。


<情報化>
 コンピュータがすべてマスターできる人間をつくろうなどとは思っていない。コンピュータはあくまで道具である。小学校の子どもたちにとって、なんでもかんでもパソコンで文章を作るのではなく、自分で見たこと、自分で思ったこと、自分で感じたことを自分の言葉で自分の手で、文字で表現させたいと思う。その中でコンピュータというものも道具としてある程度は知らなくてはいけないので、操作もさせている。ただ、コンピュータを覗くと、ものすごい情報量がいっぺんに子どもたちの前に現れてくる。その中で自分が必要とする情報を選べる力は必要になると思う。自分で選んだ情報を使って自分の言葉で何かを作って他に発信する、そこまでは卒業までにできるとよいと思っている。


<少数教育>
 2005年には小学校は創立90周年を迎えるが、これをひとつの次への飛躍の年と考えている。まだ確実に実現するというのではなく、99%その方向に向かっているという形でお聞きいただきたいが、2005年度には低学年はすべて30人以下の学級にしていきたいと思っている。ただ、経営の問題もあるので、3学級体制で少人数にすると授業料が大幅アップになってしまうので、4学級制を考えている。しかし、校舎を見ていただいてわかるように、空いている教室はひとつもない。そのため、新しい小学校建設を考えている。しかし、これが実現するのは早くて2008年となる。この2008年まで待つのではなく、仮設校舎となっても2005年から少数教育を始めていきたいと考えている。
 この夢が実現することになれば、今年合格した子どもたちは2年生の時にまた組がえをして、28〜29人の学級ができてくることになる。そして、高学年では帰国子女枠も少し加え、4年以上は32名でできないかと検討を加えているところ。
 今の世の中、30名ではけっして少人数とは言えない。30名をきる学級を作るのが夢。高学年ではある程度人数が必要になってくると思う。
 小学校の低学年で30名をきる学校は今の私立小学校の中では初めてではないかと思う。私学の進むべき方向を示す意味でもそういう方向を出していきたい。そして、すべてが少人数教育の中で教育するというのではなく、カリキュラムそのものをすべて考え直すことによって、教科によっては2クラス合わせた大人数でということも考えている。
 
 新しい我々の考えている夢の教育がより効果的に展開できるような学校づくりのためには、将来を見通した夢の空間を含んだ校舎建設、少人数学級を考えていかなければならない。ただ何でも新しくすることによって破壊されては困るものがある ─ それは自然環境。理科室の前の六角池には、数十年にわたってカエルがタマゴを産んでくれている。時には井の頭公園からカルガモが飛んできておたまじゃくしを食べてどうなるかと心配した年もあった。中央館の建設の時に、囲いを作ってしまうことでカエルの道がなくなってしまうのではないかと少し下を空けてあげようなどと言ってずっと守ってきた自然環境である。この自然環境を生かした建設を希望している。
1年生が入学すると「ぼくの木、わたしの木」といって自分の木を決めて1年間ずっと観
察していくが、その慣れ親しんできた木々をできる限り自然の形で残していくような建築をしていきたい。そして、みんなで子どもを育てていくということを考えていきたい。


<学級通信より>

「子どもたちの成長したところはどんなところか?」という保護者への質問に対する答え

・大人が口やかましく言わなくても、何でも自分でできるようになった。
 反対に誰にでも失敗はあるよと励ましてくれるような場面も子どもに生まれてきた。
・物事を前向きに考えられるようになった。
・思いやりを様々な場面で子どもから感じることができる。
・子どもを子ども扱いせず、同じ目線で話しができるようになってきた。
・背がうんと大きくなった。
・ふと出てくるジョークから大人になってきたことを感じる。
・物を大切にしている。
・予定を立ててやらなくてはいけないことをきちんとこなすようになった。
・家の手伝いをよくしている。
・いっしょに暮らす祖父に思いやりを持って接してくれる。
・母の日に毎年手紙をくれるその文章から子どもの心の成長を感じる。
・言葉遣いがやわらかくなって、強いエネルギーを持った子だと思う。
・母の日にいっしょに暮らすおばあちゃんにもお花を買ってきてくれた。
 母が二人いるという気持ちがとても嬉しい。
・家族の中で頼れる存在になった。
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 これを見て嬉しくなった。自分の子の良さを認めていく、そんなことを保護者の方々といっしょになってやっていきたい。
 
(ここで、友だちのことを思いながら必死で組み体操の演技をしているお子さんの運動会の日記が紹介されました。)
 
成蹊の仲間意識の良さはこういうところにも表れている。こんな子どもたちといっしょに生活できる私は幸せだと思う。この幸せな気持ちをもっと多くの人に味わってもらいたいと思い、今日は子どもたちの日記を紹介した。
成蹊の子どもたちには、本当に成蹊の子どもでよかったという安心感を持たせたい。成蹊の保護者が成蹊の保護者でよかったという信頼感を互いに持ち、我々教師が成蹊の教師でよかったという満足感を作り上げていくような環境を私たちは大事にしていきたい。もし一人でも成蹊の子どもでいやだったと思う子がいたら、私たちは反省しなければいけない。そして、教師だけが反省するのではなく、保護者の方といっしょになってその子を助けたい。心を育てたい。まわりの保護者の方々やまわりの人といっしょになってその子ひとりを大事に育てていくことを考えていきたい。成蹊の保護者になる方々が、成蹊って素晴らしい学校だと口に出して言える学校をいっしょになってつくっていきたいと思う。

中村春ニ先生の日記を見ると、合否を決めなくてはいけない入学試験がいちばんいやだったと書いてある。人が人を選ぶことほどつらいことはない。できるだけ、成蹊のことを想い、成蹊のことを願い、成蹊で学びたいという子どもたちをみんな受け入れてあげたい。そしていっしょになって新しい成蹊をつくっていきたいという想いがあるが、それは叶わない。
それゆえ、新1年の最初の保護者会で、「ここに入った114名、他にも多くの志願した人たちがいることを忘れないで一生懸命頑張っていきましょう」と言っている。
ぜひ、今日見た成蹊の子どもたちの姿、教職員の姿、教育環境、自然環境をもう一度思い起こしていただいて、皆さん方の学校選びの参考にしていただきたい。そして、他の学校もいっしょに見て、子どもにいちばん合う学校を選んであげることが大切だと思う。
小学校の入学試験は子どもにとってこれが最終目標ではない。あくまでもひとつの途中の過程である。入学試験だけの結果で子どもの人格や学力のすべてを否定されるものでも認められるものでもない。受かったらいっしょに手を携えて子どもの教育をやっていく、もしだめだったらうちの子どもの良さがわからない学校だと思っていただいてかまわない。お子さんにとって、今、成蹊がいちばん合うと思われる方は志願していただきたい。


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●荒井事務長先生より入学願書について

応募資格:平成9年4月2日から平成10年4月1日までの期間に生まれた者
願書交付:平成15年9月3日(水)9:00〜12:15、13:15〜16:00小学校事務室窓口にて(1部200円)
出願期間:平成15年10月2日(木)〜平成15年10月10日(金)
     郵送のみ(この期間の消印のあるものに限る)
     次の(1)〜(5)までの書類を取り揃え、本校所定の封筒に封入して『簡易書留速達郵便』
     にて送付してください。
  (1) 入学願書
  (2) 志願者受験番号票・合格通知書引換証
  (3) 家庭調査書
  (4) 健康調査書
  (5) 受験番号票返送用封筒
  (390円分の切手を貼付)

※受験番号票は11月1日分1枚、11月2日〜4日の1日分1枚の計2枚を返送用封筒に入れて郵送します。

 過去の質問が学校説明会資料の10ページ以降に一問一答形式でまとめてあるので、そちらもご覧ください。

●高柴教頭先生より入学選考について

(1)男子素質検査と保護者面接
 11月1日(土)午前中と、11月2日(日)〜4日(火)の1日の両日に行います。
 
 ・11月1日(土)は受験番号前半の組をAとし、後半の組をBとする二つのグループに分かれて
  検査を実施します。
 ・11月2日(日)〜4日(火)のうちの1日は、小集団に分かれて、グループ制作活動を行います。
  ☆同時間帯に保護者面接も実施します。
 ・両日のグループ分けについては、願書受付後、郵送でお知らせいたします。


(2)女子素質検査と保護者面接
 11月1日(土)午後と、11月2日(日)〜4日(火)の1日の両日に行います。
 
 ・11月1日(土)は受験番号前半の組をAとし、後半の組をBとする二つのグループに分かれて
  検査を実施します。
 ・11月2日(日)〜4日(火)のうちの1日は、小集団に分かれて、グループ制作活動を行います。
  ☆同時間帯に保護者面接も実施します。
 ・両日のグループ分けについては、願書受付後、郵送でお知らせいたします。

 合格者発表:11月5日(水)16:00頃  学園正門脇の掲示板に発表
 書類交付:11月5日(水)16:10〜17:30  小学校事務室にて
 入学手続:11月7日(金)

全般的な注意と参考
(1)入試にかかわる資料は、受験生の保護者の方々がまごつかないようにするために作成してありま
  す。お渡しする印刷物をていねいにお読みいただきまして、電話等による問合せをなさらないよ
  うにしてください。
   記載事項や明示してあることは、指示してある通りにしていただくようにお願いいたします。

(2)願書受付後に郵送する印刷物『受験者要項』では、次の点についてお知らせします。
  ◆選考日の日程について
   ・受付時間や方法 ・検査終了予定時刻 ・服装や持ち物等 ・その他注意事項
  ◆合格発表と書類交付について

(3)素質検査選考日は、必ず学園正門から出入りしてください。

(4)受験生保護者用の駐車場がありませんので、自家用車でおいでになることは固くお断りいたします。

応募状況
 平成15年度:男子469名、女子334名 計803名
 平成14年度:男子433名、女子369名 計802名
 平成13年度:男子421名、女子334名 計755名
 平成12年度:男子449名、女子367名 計816名
 平成11年度:男子517名、女子358名 計875名
 (合格者は平成11〜15年度まで 男子72名、女子42名 計114名)


●質疑応答

Q: 新校舎建築にあたって、アスベスト飛散防止対策をどう考えているか?旧校舎ではアスベストを使っていたのか?
A: アスベストは使っていない。化学物質については十分検討して防止対策をしていく。

Q: 解体は夏休みに行うのか?1ヶ月では無理かと思うが・・。
A: 解体に2ヶ月以上、建築に10数ヶ月かかることと思う。子どもたちの生活が損なわれないように仮設校舎にてきちっと対応していきたい。

Q: 日記指導について具体的に教えてほしい。
A:

1年生〜6年生まで行っているが、けっして学校として各学級に日記指導をやらなければならないという指導はしていない。あくまでも人から人に伝えられた教師の中での伝統だと考えてもらっていいと思う。日記を見るのには時間・負担がかかるが、日記を見ることで一人ひとりの子どもの心を知ることができる。子どもたちが家に帰ってからどんな生活をしているのか、また、家庭環境についてもわからない。そうしたなかで、子どもの日記を読むことを通して子どもの今の想いを知ることができる。そして子どもに語りかけ、また返ってくる。キャッチボールをしたいと思う。信頼関係ができていれば、子どもは心を打ち解けて自分の言葉で文章を書いてくる。そういう文章を書いてくる子どもたちにしていかなくてはいけないと思う。また、子どもと教師だけのキャッチボールに終わらせるのではなく、許可を取って学級通信に載せて学級全体の話し合いの場に使うこともある。こうして学級全体の心が高まっていく。そういう意味で日記指導は欠かさずやってきているということになると思う。低学年においては、日記指導=文章表現指導、国語の指導に関わってくる。子どもたちの書いてきた日記の中ですべてがいいわけではなく、必ず光った一文(言葉)が出てくる。それをほめることによって次につなげたり作文のたねにしたりしていく。子どもたちは日記が返ってきた時に先生が何を書いたかと赤ペンの箇所をまず見る。心の交流として大変役立っている大事な教育の宝物と思っている。

夏の学校にOBの方が「書くことがあまり苦にならないのは、日記を書いていたからかなあ」と言っていた。これは小学校6年間で身につけたものとお褒めにあずかった。


Q: 男女比は成蹊小学校の特色とあるが、詳しく教えてほしい。
A: 差別と言われるかもしれないが、昔はもっと男子が多かった。中学も同じような比率で男女の組み分けができているため、小学校だけで男女比を変えることができなかったというのが現実。2005年度から28名×4学級で112名となるとしたら、今の世の中の趨勢、そして自然な形から考えれば、男女半々になる可能性が強くなってくると思う。ただ、男女同数になると困るという考え方もある。男女同数になると、男子がうずもれてしまうという人もいる。というわけで、やむを得ずやってきた男女比率ということでご理解いただきたい。

Q: 特別退学制度の3年を越えた場合はどうなるのか?
A: 通算で3年以内ということでお願いしたい。それ以上になる場合は退学をしていただくようになる。

Q: 左利きだが、試験で何か不利になるようなことはないか?また、願書に特記するようなことか?
A: 不利になることのないよう配慮する。特記はいらない。

Q: アレルギーで汗をかくと背中がかゆくなるのだが、特記する必要があるか?
A: 二人にひとりはアレルギー体質という調査もあるので、心配であれば健康調査票に記していただきたい。

Q: 通学範囲について、遠い子はどのあたりから通っているのか?
A: 学校によっては通学時間を1時間程度としているところもあるが、成蹊ではそういうことはしたくない。春日部から通っている子がいて朝5時台に出てくる。横浜、川崎、市川などもからも通っている。

Q: 生年月日についての配慮は?入学されている方の月齢は均等なのか?
A: ある程度の換算点を設けているが、あくまでも入学試験の結果なので、○月に何名というように均等というわけにはいかないが、結果としてどの月の生まれの子もいるというふうになっている。

 本日のオープンスクールでは、開かれた学校として、飾り気のない普段の授業の様子を見ていただけたことと思う。また、説明会では、学園専務理事からの成蹊小学校に対する考えについて、校長からは子どもたちの近況について語ってもらった。本日は本当に一日おつきあいいただき、ありがとうございました。
 最後になりましたが、今日お手伝いいただいたPTA総務部員の方にも御礼申し上げます。


 2時間近い説明会でしたが、新しい成蹊に向かっていく今の成蹊そのままの姿をじっくり自分の目で見て聞くことができたせいか、少しも長く感じませんでした。特に校長先生が紹介してくださった子どもたちの日記は、どれも身近な生活の中での発見や驚き、感動が伝わってくる生き生きとした言葉でいっぱいでした。しかも、皆自分の視点、自分の言葉を持っています。
 お花やお野菜を自分たちの手で育て、収穫し、調理していくことは簡単なことではありません。子どもたちがコツコツと植物を育てていくように、一人ひとりの良い面を引き出すことがコツコツと続けられていく、そしてそこに子どもたちの、先生の、保護者の方々の笑顔や喜びがいっぱい詰め込まれていくのが成蹊の伝統であると感じました。
 日記の中には困ったことや相談ごとが書かれることもあるかもしれません。でも、卒業の時にそのページをめくってニコッとできるような、そんなあったかい雰囲気を学校全体から感じ取ることができたように思います。
 細かな質問対応にも頭が下がりました。成蹊に関わるすべての人が成蹊を好きでいてほしいという想いがいろんなところに表れていたオープンスクール、そして説明会でした。2005年度からの新しい取り組みも楽しみです!!
NTS教育研究所 山本真美
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