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早稲田大学系属 早稲田実業学校初等部
学校説明会
2002年6月9日(日)13:00〜14:30 早稲田大学大隈講堂にて

スケジュール
(1)13:00〜 学校長挨拶 早稲田実業学校校長(早稲田大学副総長)
渡邉重範先生
(2)13:25〜 初等部の教育理念 初等部校長 依田好照先生
(3)14:20〜 スライド上映による学校紹介
(学校生活・入試関係)
初等部教頭 阿部泰久先生

配布物
2003(平成15)年度説明会資料
展示物
制服や通学かばんなど

販売品
なし

受付記入
なし

 夏を思わせるような日差しのなか、大隈講堂にたくさんの参加者が集まってきました。小さなお子さんの姿も見受けられます。今年度の説明会は、6月8日(土)10:00&13:00、6月9日(日)10:00&13:00の計4回、国分寺校舎での施設見学会は9月7日(土)・8(日)に行われます。
 講堂に入ると、先生方が説明会資料を渡してくださり、制服やかばん等の展示コーナーも用意されていました。皆さんじっくりと見てから講堂内に入っていかれます。制服の布地をさわって実際の感触を確かめている方もたくさんいました。こうした実物を目にすることができる配慮はとても嬉しいものだと思います。
 以下、先生方のお話をそのままレポートします。





●早稲田実業学校校長、渡邉重範先生より

 早実の校訓は「去華就実」。華やかなものを去り、実をとるということ。常にその内容を問い返しながら、この伝統を100年以上にわたって受け継いできた。
 校長になって3年、私自身にとって「去華就実」とは何だったのか。志を立て、自分で考え、自分で選択し、責任をもつこと。この「自恃自信」の人材の育成に努めてきた。
 では、実際の教育の現場でどういう教育を行わなければならないのか。実は、自分は大学に入る前までは人前で話すことができなかった。ある時、ある先生が言った「自分は自分以上のものではありえない、自分以下のものでもありえない。ありのままの自分を出せばいい」という言葉をきっかけに胸のつかえが取れた。教育というものは、小さな勇気をもって自分を見つめること。その小さな勇気を与えるのが教育の目標であると思う。

 いつも生徒たちに言っていることがある。"Chain of Events"─例えばある大きな過失や事故が起きる。それはどういうことかというと、普段脈略もないような小さな出来事がある一点でつながり、それがチェーン(連鎖反応)となって大きな事故に至ってしまうということ。一番端的な例は、雪印乳業の中毒事件である。最初の原因はツララが溶けて電源室に落ちたことによる停電、細菌の増殖であった。この小さな出来事が発覚しただけであればそのまま単なる事故で押し通すことができた。しかし、記者会見が延び、社長が「俺だって眠ってないんだ」と言ったことで単なる事故で済まなくなってしまった。
 これを教育に当てはめてみると、どんな人でも日常生活において脈略もない一つのことがらをその時点ではほとんど意識しない。それがある時全部つながって連鎖反応となって認識する。教育においては、その連鎖反応のチェーンを断ち切る小さな勇気を与えることができる。その小さな勇気を与えることによって「まだ間に合うぞ!」、教育は常に「まだ間に合うぞ」でなければいけない。小さな勇気を与える、言いかえれば常に希望を与えることが教育の目標であると思う。

 このように考えてみると、さまざまな問題が生じてくる。学校長として大学に推薦する高等部3年生全員400数十名の面接をする。心から真正面から向き合う時間は非常に大切。評論家の加藤周一さんの漢詩の中に注目すべき一節がある。加藤氏が小さな頃、おじいちゃんが好きな物を何でも買ってやると言った時に、馬がほしいと言った。ぬいぐるみの馬を買ってきたおじいちゃんに生きた馬がほしいと言った。おじいちゃんは数時間かけてなぜ生きた馬を買ってやることができないのかを説明してくれた。それが私の原点であると加藤氏は言っている。早実の教育において、まずこうした態度を律したい。生徒がもっている心の「原風景」を非常に大切にして心ゆくまで向かい合って教育していきたい。そのためには、生徒と一定の距離をとり、じっと待つ心をもち、ユーモアを解す心をもたなければいけない。教育の現実は非常に難しい。

 知識だけの生徒を育てたくない。頭も心も身体も、三位一体のバランスのとれた人材を育てていきたい。文武両道は言うほど簡単なものではない。何かをやる習慣を身につけてほしい。一番大切なことはこれなんだというもの。ドストエフスキーの言葉によると、人間の最大の特質は何事にも慣れてしまうということ。これは恐ろしい言葉。良いことにも悪いことにも慣れてしまうということ。何かを学び、何かをやる、そうした習慣を身につけさせることを大事にしている。そのためには、学校と家庭が密接に連動していかなければならない。「まだ間に合うぞ」と「もはや取り返しがつかない」との距離は、一歩にして千里、千里にして一歩である。早実の教育は常に「まだ間に合うぞ」というなかで行われている。

 自ら生徒に対して言った言葉に責任をもとうと、この冬コートを着ないと言ったことを守り3回風邪をひいてしまった。寒くてきびしかったが、このことが生徒に大きな影響を与えた。こういう小さなことの連続がとても大切。

 では、大学は何を望んでいるのか。早稲田系列で初めての小・中・高・大一貫校、男女共学化、初等部も設置された。系属校のもっとも良い点は何なのか。受験にとらわれることなく、自分が何をやりたいのか、何をやるべきなのかをきちんと定めてゆっくり一歩一歩進むことができることだと思う。そして生涯の友をつくり、社会の中枢で活躍していってほしい。

 早稲田大学の学風を愛し、建学の精神をよく理解してくださる皆さん方のお子さんをむかえ、本当にゆとりのある凛とした教育をおこないたいと考えている。早実の窓はすべての人に開かれている。まためぐりあえれば幸せに思います。


●初等部校長、依田好照先生より

 初等部が目指すものは、一貫教育の土台、人間形成の基礎となる土台をつくること。人間形成の場は学校だけでなく、一番大事な場は家庭、家族である。また、世の中もテレビなどを含め、良きにつけ悪しきにつけ子どもたちに大きな影響を及ぼす。そんな中で、初等部はどういう役割を果たすべきなのか。

  その前に3つほど考えてみたい。第一に「子どもたちはこれからどういう時代を生きていくのか」という問題。大学に進学するのは12年先のこと、世の中に出るのは16年、18年先。どんな世の中になっているのか・・大きく変わっていくことは間違いないだろう。明るい輝きのみに満ちた状況ばかりではなく、地球規模でさらに困難な生きるうえで大変な時代になっていくと思う。このことを痛切に感じたのは、昨年9月11日のニューヨークの出来事をテレビで見ていた時。これからの時代はけっして甘くない、むしろ非常にきびしい時代になっていくと思った。
 第二に、「今の日本の子どもたちの現状はどうなっているか」という問題。子どもたちがひ弱になった、感性も鈍くなった、コミュニケーションがうまくとれなくなってしまったといわれる。外で遊ぶ子どもが極めて少なくなってしまった、すぐに転び骨折する、疲れた疲れたを連発する子どもも増えている。手や指先が極めて鈍くなり、不器用になってエンピツや箸がちゃんと持てない子どもも少なくない。朝の集会で10分と立っていられない子どもも出てきた。41年間学校現場で仕事をしてきたが、こういう傾向があらわれ出したのは30年ほど前で、顕著になったのはこの20年間だと思う。今の子どもたちはこの傾向が極めて顕著になっている状況といえる。しかし、これは子どもの責任ではない。私たち大人が豊かさや便利さを追い求めてきた過程で子どもたちがひ弱になり、感性が鈍くなってしまった。大人に責任がある。子どもは本来旺盛な活動力を持った生き物である。1歳、2歳の頃のお子さんのことを思い浮かべてほしい。すごい活動力、瑞々しい感受性、限りない知的好奇心の持ち主であったはず。しかし、大人の都合でこういう子どもの本性、自然性が薄くなってしまった。この子どもたちが、16年先にこのきびしい未来をどうやって生き抜いていけるのだろうといつも考え続けている。
 第三の問題は、「若いお母さまお父さまの関心事はいったいどういうところにあるか」ということ。一概には言えないが、2つの傾向があると思う。一つは「我が子を安全に、大事に大事に」というもの。どういうことを大事にするかがポイント。今や紙オムツ、抗菌グッズが売れまくる時代、ちょっとすりむいただけでお医者さんへ行ったりする。我が子には失敗をさせまいとする過剰な愛情がひ弱な子、甘えっ子を育ててしまっていると思う。もう一つは「早く早く」という傾向。いわゆる早期教育。ある大手学習塾の会長さんの書かれた本の中に、5歳で中学1年程度の方程式、5歳半で高校程度の因数分解や微分積分が解け、3歳半で英検5級合格というような一節があった。あるパターンにしたがって答えを出すことが大事なのではなく、数の概念を理解することが大切。我も我もと早期教育になびいてはいないだろうか。我が子にとって今何が大事なのかということが見えなくなってはいないだろうか。5歳の子には5歳の子どもなりに身につけるべき大事なことがあるはず。例えば日常の生活習慣や人との関係などキリがない。人間形成のうえで大事なことを大事にしてあげないと、お子さんを大事に育てたということにはならないのではないかと常々感じている。
 世界のソニーの井深大氏(早稲田大学理工学部卒)は何冊も若いお父さんお母さん向けの本を書いている。『幼稚園では遅すぎる』『0歳からの母親作戦』などの著書の中で、「人間は0歳の赤ちゃんでも人間として高度な能力をすでに備えている。お母さん、本当の意味で賢くなってください。あなたが教育者なんですよ」と繰り返す。これはけっして早期教育をすすめるものではなく、それぞれのからだに秘められた好奇心、探求心を大切にしてほしいというもの。
 このように、初等部の教育とは、12年先、16年先を見据えながら子どもたちの自然性を回復し、からだを鍛え、頭を鍛え、心を鍛えることであると考えている。鍛えるといってもスパルタではなく、子どもたちの身体的、精神的な成長の道筋にしたがって質の高い教育内容を用意していく。受験勉強に費やす時間と労力を日常の学習に役立てることができる「ゆっくり、じっくり、しっかり」の学習を積み上げていきたい。

 ここで、この2ヶ月間のお子さんたちの様子を紹介したいと思う。

○学級通信第1号冒頭より

 昨日の一番の課題は自分で家まで帰ることでした。34人全員が無事に家に着き、課題がクリアできほっとしました。お家の方もほっとされたことでしょう。ホームで見送る私に、「あしたまたくるねー」と言って手を振ってくれたことが最高に嬉しかった。姿が見えなくなるまで私も手を振りました。

○連絡帳より

 入学して2週間目のこと、たまたま主人といっしょに子どもたちの登校風景を見る機会がありました。電車の中での我が子を含めた男子4名、それはそれはひどいものでした。ドア付近でのふざけあい、騒ぎ放題。あまりのことで父親が出ていき、ガツンと3発くらい怒り飛ばしました。ひとりで行けるかしらなどという心配よりも最低のマナーが守れているかの方を心配し、それぞれの家庭で言って聞かせるなりしなくてはならないと実感しました。先生にどうしてほしいというわけでなく、見たままをお知らせしました。
(この子は学校が楽しくて楽しくて、いつも一番に登校してくる子。連絡帳の次のページをめくると電車の中でのふざけあいもなくなったと書かれている。初めての電車通学で最初はお友だちとはしゃいでしまっても、3週間くらいするとそんなこともなくなるという例として紹介した。)




自然体験をつうじて、たくましさとやさしさを育てます。
自分の頭で考える力、みんなで考える力をきたえます。

○敷地内をめぐって自然発見にでかけた際の発表

・はちがみつをすっているところをみました。
・ななほしてんとうがみつをすっているところをみました。
・てんとうむしがけっこんしていました。→けっこんってなに?とすぐ質問が飛び出す
・ちびちびなのはなをみつけました。→ハハコグサという名前を皆で言ってみる

○4月27・28・29の連休の間でそれぞれ自然を見つけよう

(発表も質問もだんだん上手になってくる)
・かるいざわでおおまいまいかぶりをみつけました。→なにいろをしていましたか?→むらさきぽかった→やわらかかったですか?→さわりませんでした。

 こういう自然発見の学習は理科教育と思われるかもしれないが、理科だけに限らずいろいろな教科学習の前提、基礎となるものである。発表によって日本語を話す、聞くことの学習がはじまっている。現物をしっかりと見る=事実をしっかりと確かめること(事実認識)が大切。子どもたちの五感が鈍くなっているといわれるなか、低学年のうちに五感をつかって自然のことやものに直接触れて体験を積んでいくことはとても大切。たとえば国語の勉強で詩や文章を読む時、音楽で歌をうたう時、こういう体験をいっぱい積んできた子どもはイメージをふくらませて読み取ったりうたったりすることができるようになる。理科でいえば、高学年での分子や原子など目に見えない抽象的なものを取り入れて思考を鍛えていく際に、この低学年での学習・体験が非常に有効なものとなっている。
 学校教育は、一人一人を育てるとともに「集団」を育てる教育でもある。お互いを認め合い、助け合い、力を合わせて学習に取り組むことを通して成長していく。

頭と手と、からだ全体をはたらかせて、ものをつくりだし、表現する力をのばします。

 子どもたちは今、ドイツ製の質の高いクレヨンで一生懸命絵を描き、早稲田大学OBに寄贈していただいたスタインウェイのピアノで合唱をしている。技術室のイスや作業台は、校舎建築の際に切り倒した木々でできており、切り倒してしまった木の命を子どもたちの学習になんとかよみがえらせたいという想いで作ってもらったもの。朝日新聞や建築雑誌でも取り上げられた。ぜひ、9月の施設見学会の際に見ていただけたらと思う。
 科学技術がどんどん進む時代に生きる子どもであるからこそ、頭と手とからだ全体を使ってものをつくりだしていく体験をたくさんさせていきたいと思う。

情報社会・国際社会に生きるための基礎となる力をつくります。

 情報社会だからコンピュータを、国際化社会だから英会話をと小さいうちからはじめさせようとするが、コンピュータは道具であって操作を覚えることは大した問題ではない。図書館に1クラス分1人1台のパソコンがあり、1年生の終わり頃から少しずつはじめる予定だが、重要なのは、溢れているさまざまな情報を取捨選択し、自分で判断し、自分の考えを発信していく力を養うことであり、それは各教科の学習の積み上げによってはじめて可能になることである。
 英語についても小学校で英語を教えるか教えないかについて賛否両論がある。これはとても難しい問題である。なぜなら、学校教育において、言葉と文化を身につけるということと、町の英会話教室で英語会話を学ぶこととは同じでないから。日本語の力、文化、歴史を知らずして国際社会で外国人と対等に胸を張ってつきあっていくことができるだろうか。英語は3年生からはじめようと考えている。それ以前は日本語の読み書き、人前で表現する、発表する、コミュニケートする力を身につけさせていくことが外国語を学ぶ基礎になると考える。私の舌足らずなところは、現在、慶應義塾大学名誉教授である鈴木孝夫先生の著書、岩波新書「日本人はなぜ英語ができないか」「日本語と外国語」「ことばと文化」をお読みいただければと思う。


<最後に、入学して1ヶ月後の親の感想を紹介>

○虫が嫌いで触ったこともなかったのに、虫探しに夢中になり毎日持ち帰り子どもの世界が広がった。自然発見は親が夢中になっています。楽しくてたまらない。こんな世界があったのだ。駅から家までのわずかな空間に自然がたくさんある。子どもの目線で見るとたくさんの発見がある。

○早実は他の私立と違ってきびしいので、親が付き添って通学させる期間がとても短かった。そのおかげで親離れがうまくいき、子どもの成長は見事。電車の中でうっかり眠ってしまって親が行ったこともない駅へ降り、その時居合わせた人たちにお世話になりながら無事ひとりで帰宅できた。時間は倍かかったが、ひとりで帰ってこれたことは大変な自信になった。

 早稲田実業学校初等部に入ればエスカレーター式に早稲田大学までいけるというような考えを持っている方はいないと思うが、もしそれに近いような気持ちがある場合は受験はやめていただきたい。
 初等部は、人間形成の道場であり、互いに鍛えあう場である。このことにご賛同いただけたらぜひ受験していただきたいと思う。


●阿部泰久教頭先生よりスライドを使った学校紹介&入試について

<スライドの内容>
・4月5日 入学式(大隈講堂にて)
・4月8日 始業式
・プロムナード(花のミツを吸ったりしている)
・下校風景(はじめは路線別に分かれて国分寺駅まで教員が付き添う)
・授業風景(国語、音楽、美術)
・給食(5月連休明けより開始)
・休憩時間(遊具あそび)
・春の遠足(早大人間科学部キャンパスへ)

 子どもたちを取り巻く環境に一番上等なものを用意して、それで子どもたちが思い切り五感をつかって活動できるように計画している。

<入試について>
○募集人員 108名(共学・3学級編成) *第1学年のみの募集
○施設見学会 9月7日(土)・8(日)10:00〜13:00(学校案内・願書頒布あり)
○学校案内・願書頒布 9月7日(土)〜10月上旬(施設見学会後は初等部事務室にて頒布、月曜日〜金曜日9:00〜16:00、郵送申込不可)
○願書受付 10月上旬
○入学試験 11月上旬


 以上で説明会は終了、最終回だというのに大隈講堂は参加者でいっぱいでした。
 まだ開校して2ヶ月ほどですが、武蔵野の恵まれた自然環境のなか、本物に囲まれ「ゆっくり、じっくり、しっかり」の教育がとても丁寧になされていることが伝わってきました。中でも、子どもたちのおかれている現状についての具体的なお話は大変興味深く、そこから、五感をつかって考え、行動することの重要性を改めて実感することができたように思います。表面的な美しさではなく、内面的な美しさを追求する早稲田実業の伝統がここにしっかりと受け継がれていることを感じました。
 外へ出て、緑に萌える早稲田の杜やそこを往き来する学生たちを目にした時、「ゆっくり、じっくり、しっかり」のもつ意味がすこしわかったような気がしました。

早稲田実業学校のホームページは… http://www.wasedajg.ed.jp

NTS教育研究所 山本真美

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