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by 岡部憲治
2005/09/09
■現在、とある外国の島にいるのだがどうにも「違和感」がある。
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■例えば、テレビだ。いつもなら日本のテレビ局オンリーで、自分で意識しないと英語放送を見ないし聞きもしない。
だが、島では NHK(日本)、BBC(イギリス)、CNBC(オーストラリア)、FOX&ABC&CNN(アメリカ)、などの番組が放送されており、時間差なしに情報が入ってくる。日本にいるときよりもバランスよく世界の情報が取得できてしまうのだ。
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■次にガソリンの価格だ。島でも多くの車が走っている。当然、需要と供給の関係からガソリン価格は高騰している。日本でも湾岸戦争以来、初の1リットル130円を記録したようだが、島ではそこまではいっていない。
ほぼ100%輸入に頼っている日本とこの島。GDPなどの経済ベースで考えれば間違いなく日本の方がはるかに上位だ。にもかかわらず、ガソリン価格は日本の方が高い。
もちろん、物価とガソリンの価格比で考えれば両者の差はほとんどない。だが、「石油」は世界でシェアしている状況だけに「統一価格」で考えたほうがしっくりくる。
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■そして水だ。じっさい飲み水は「ミネラルウォーター」を買うわけだが大容量ならこちらの方が安い。元来、飲み水が豊富と言われた日本でなぜに高いのか。「ミネラルウォーター」まで100%輸入ということはありえないだろうに。。。やはり「ブランド」なのだろうと思いつつも価格の差に不満が募る。
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■このような「違和感」から転じてもう一つ気づいたことがある。それは「地球の状況」観の差異だ。
と書いたが、逆に言えばメディアが映し出す情報が自分にとっての日常でありそれが「地球の状況」観だ。
だが気をつけなければならないのはメディアの情報は基本的に能動であり視聴者側は受動だ。つまり、自分のなかにある「地球の状況」観は大部分が受動的な情報により形成された可能性が高いということだ。
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■想像してみてほしい。もし、自分が無人島に3ヶ月でも住むことになったらどうなるか。仮にそれがアメリカで定着したリアリティーショウのようにセットアップされた状況下でも、無人島で過ごせば生活感、人生観、「地球の状況」観が変わるのではないだろうか。
まず価格なんて気にならなくなる。明日生き抜くための食料と日々、生活するだけで毎日がいっぱいいっぱいだ。「地球」がどうの、「グローバル」がどうのなんてことは二の次だろう。そしてメディアの情報はまったく入ってこない。だが生き抜くために必要な情報を自ら進んで得ることで、日々が過ぎていく。そこから形成される「地球の状況」観は今のそれとは全く違うだろう。
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■総じて
−日本で目にする耳にする「地球の状況」と島で目にする耳にする「地球の状況」には差異がある
−メディアから取得した情報による「地球の状況」と自分から能動的に取得した情報で形成される「地球の状況」でも差異がある |
ことをリゾート化された島で気づかされ、「自分が過ごしている世界」が「あたりまえ」などと過信しないことを改めて悟らされた。まさに「観」違いもはなはだしいということか(笑。
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