| §13 「食」に秘められた親子関係と社会が子どもを育てる五大育 |
by 岡部憲治
2005/07/25
■ ときどき、NHKの長寿番組「おかあさんといっしょ」を見ることがある。番組の顔であった「体操のお兄さん」ことひろみちおにーさんが引退した。いっしょに見てる姪が「あれ、今日はいない?」という感じで画面を探している。そう、もういないのだ。
そのひろみちおにーさんが1993年から12年間出演して体感した結果、
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『子供が危ない』と言うけど、僕の出会った3歳児は昔も今も変わっていない
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と述べたそうだ。その発言の裏づけとして番組に参加する一般の3歳の子どもたちが
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全員参加できた日は僕らの『勝ち』、一人でも参加できなかった日は『負け』
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という心持ちのもとその勝率が変化していった度合いから感じることのようだ。
最初は慣れの問題もあって「負け」もあったが「勝ち」率があがっていった。しかし、10年目、すなわち2003年から
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「負け」の日が急に目立ち始めた。「全員が参加してくれる『勝ち』の日がほとんど消えた」。参加できない子の数も増えていった。
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子どもたちが変わったのだろうか? ひろみちおにーさんはそうは思わなかった。
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変わったのは「お母さん」いつもより濃い化粧でおしゃれした母親に連れられ、NHKのスタジオにやってきた子供たちは新しい場所より、普段と違う母親の気迫の方に緊張する。少しでも娘をかわいく見せたくて、母親が髪をお団子に結ったせいで、髪留めが痛いと泣いた子がいた。熱があるのにスタジオに連れてこられ、熱性けいれんを起こした子もいた。母親から離れようとしない子供をスタジオの隅でたたいた母親もいた。そんな母親が少しずつ増えていった。
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なるほど。社会の変化に合わせて子育ての状況も変わってきており、それが「お母さん」という役割にどのように影響を与えているか。なんとなく、「孤立無援」のにおいを感じてしまう。
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■ ベネッセ教育研究開発センターの「子ども生活実態基本調査」の記事を目にした。小学生のなかで両親(特に母親)との親子関係が良好な場合は、概ね、友達も多く学習行動においても「得意」の比率が高く、結果として成績上位者が多かったようだ。
この結果がすべてではないだろうが、親子関係が「子どもの側からみてよい」と感じるのはその後の成長過程で本人にいい影響を及ぼすことは間違いない。「子ども生活実態基本調査」では親子関係を
「肯定型(肯定的なかかわりが中心のタイプ)」
「否定型(否定的なかかわりが中心のタイプ)」
「希薄型(肯定的なかかわりも否定的なかかわりも少ないタイプ)」
「密着型(肯定的なかかわりも否定的なかかわりもともに多いタイプ)」
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の四つに分類している。親子関係が「子どもの側からみてよい」のは「肯定型」のみだろう。困るのは「密着型」だ。これは親の愛情過多であることに親自身が気づいてないタイプで子どもを行き詰まらせてしまう可能性がある。
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■ 読売新聞の教育ルネサンスの連載「幼稚園の園」のなかで、50年以上園児を見てきた安藤好子さんは、
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ここ十数年間に起きた新入園児の変わりぶりに、わだかまりにも似た疑問を抱いてきた。
「なぜ、こうなってしまうのか」
「指導して言うことを聞かせることはできても、その心根は卒園時まで変わらなかった」。
幼年期の人間関係の希薄さからか、親や教員との1対1の関係に固執し、子供同士の関係が築けないというのだ。
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それでなくとも共働きが増えて幼稚園と保育所が足りない状態だ。愛情を注ぎたくとも物理的に時間がなくその長年の蓄積が子ども側からしたら「希薄型」の増加につながっているのかもしれない。
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■ そして、最近目にする「食」の問題ももしかしたら上記の事柄と関係あるのかもしれない。
先日、「ヒカルの碁(原作:ほったゆみ・漫画:小畑健・集英社)」でも監修を行っていた梅沢由香里 五段の「食」に関する記事を目にした。太りたいにもかかわらず痩せているのに砂糖とお酒を医者に止められたことに
としながらも、市販のお菓子はやめて自作か健康食品店のものだけにしたら
と。囲碁対局という頭を酷使する状況下でチョコなどの甘いものを控えるというのはそれこそつらいはず。だが、梅沢由香里 五段は自分でどういう状況を生み出すのかを調べて、結果
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白砂糖を取りすぎると、身体だけではなく精神状態にも悪影響を与えることがわかった。食べた直後は血糖値が急上昇し気分がよくなるが、数十分後、今度は急降下し落ち込むという。 |
ことを認識した。つまり、砂糖がガソリンの代わりに思考を早めるが潤滑油となるべきものが擦り切れてむしろその反動で精神状態にムラが出てくるということだろうか。
そして五段は
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自分で精神状態の変化を感じてみると、近年の様々な問題は食生活も原因の一つかもしれない。 |
と言っている。棋士という職業柄、心身の状態が勝負を左右するかもしれないその研ぎ澄まされた感覚が本能的にそう言わせしめたのだ。
実際、糖分をとりすぎ低血糖症になると、
まず脳の働きを低下させるために、集中力や忍耐力が低下させ、気力を失わせます。そして、血糖値を上昇させるために、アドレナリンが分泌されると、興奮しやすく攻撃的になりがちです。こうして気力のない状態とキレやすい状態を繰り返す子どもができあがるというわけです。
「子どもの心が危ない 糖分の取りすぎが生む低血糖症。」より
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ということだ。
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■ 先のひろみちおにーさんの「お母さんが変わった」というのは2003年あたり。そのころに3歳の子どもをもつお母さんは平均するといつごろの生まれなのだろうか?モデルケースとして、「結婚を25歳にして1年後にお子さんが誕生して3歳」とすると29歳ぐらいだろうか。2003年に29歳と言えば、1974年生まれになる。
1974年と言えば、高度経済成長期の後の石油ショックで戦後初めてのマイナス成長となった年だ。世の中はバブル後と同様に不安と暗い空気が漂っていたのではないだろうか。
「狂乱物価」、「便乗値上げ」とどうにも暗い雰囲気のなかのベルバラの大ヒット。ある意味、現実逃避というか夢の世界に空想を広げた女性の行きついた心の安堵がベルバラだったのかもしれない。
そして食で言えば、セブンイレブンが登場した。コンビニ文化の始まりだ。
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■ そして先のベネッセの「子ども生活実態基本調査」で言われてる小学生と親の関係で考えれば、1974年生まれの人たちが小学校5年生くらいだと11歳、1985年となる。
1985年と言えば、「国鉄同時多発ゲリラ」や 「毒入りワイン騒動」という現在にも通じる事件が発生し、
「ファミコン」
↓
「PS2・ニンテンドウGC・Xbox」
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「新人類」
↓
「フリーター・ニート・パラサイトシングル」 |
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と今の(ちょっと昔の)はやりことばに置き換えられるようなことばが登場している。
そして食と言えば、コンビニ弁当とファーストフードがあたりまえとなり、
1985年に日本人1人当たり年間約111sだった野菜・果物の年間消費量は'99年に約103sに減少。
高齢者は、健康への配慮から野菜を増やす傾向にあるものの、若い世代の野菜離れが深刻になっています。 「日本版「ファイブ・ア・デイ」を推進しよう!」より |
というような状態だった。
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■ さらになんと言っても1985年は「バブル絶頂への最初の一歩」だ。その頃の大人たち(親たち)はどのような考え方をしていたのだろうか?そしてそれを見て育った11歳の子どもたちは何を感じたのだろうか?
1990年代初めにバブルは崩壊したわけだから、その世相の落差は人々の精神状態に影を落とし、ましてや子どもたちにしてみれば親の精神影響をもろに受けたのではないだろうか。そんな時に「食」にまで気が回ったとは考えにくい。そうすると、もしかしたら栄養バランスの崩れ・低血糖症の前段階にまで陥っていた可能性があるかもしれない。
そしてそういう人生を歩んできた子どもたちが、自分の子どもを育てるときに「食」への配慮はどのように行ってきたか。案外、そんな「食」が親子関係を築くうえでの隠れた重要な要素なのかもしれない。
■ 近頃、キーワードとして定着しつつある「食育」もそんな時代背景を重ねてきた結果、国全体として取り組んでいかなければならないという機運に高まり「食育基本法」として着地したのかもしれない。
だが、「食育」の基本となる毎日のお母さん・お父さんの手料理がどこまで充実しているのか。ひろみちおにーさんのインタビューで
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「自分も親になって、お母さんたちのつらさも分かるようになりました。お母さんが『変わった』のはお母さんだけのせいじゃない。お父さんはお母さんを支えているだろうか。お母さんは独りぼっちで子育てをしてないだろうか」
「親だけで子育てをしないほうがいいと思う。学校には学校、地域には地域、家庭には家庭にしかできないことがある。大人はもっともっと子供のために頑張らなきゃ」
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と言っている。
子どもはみんなの宝
なんてあたりまえすぎるくらいあたりまえな言葉なのだが、この言葉のもつ意味は大きい。
そして「知育・徳育・体育」の三大育はよく聞くが、これからは
の五大育が社会のなかで連携して子どもたちを育てていく上では大事になってくるのかもしれない。
[参考記事・参考放送・参照URL]
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毎日新聞:「15万人の3歳児の定点観測 子供は変わらない、子育てが変わった」より
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