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by 岡部憲治
2005/06/14
■ 日本テレビの「A」という番組で韓国のある女子高校の一日を紹介していた。
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7時半に「0時限」と呼ばれる自習の時間があり、先生もちゃんといる。 |
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午前中の4時間の授業を終え、給食へ。その後の昼休みの時間に生徒がみな校庭をしゃべったりしながら歩いていた。
運動不足の解消とのことだがみんなで校庭のトラックをおしゃべりしながら歩いている風景というのはなんともほほえましい。 |
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午後の授業が4時半に終わった後も、時間割プラスアルファとして2時間の時間割外授業がある。 |
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そして、夕方になるとなんと夜の給食だ。 |
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夜7時以降は自習時間だが多くの生徒が残る。もちろん先生も残る。一日を紹介してくれた女子生徒はその後もさらに「自習室」で勉強。帰宅は12時前だ。 |
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ここまでくると驚嘆だ。 |
生徒も大変だろうが、もっと大変なのは先生だ。自習であろうと居残りであろうと多くの生徒のサポートのために付き添わなくてはならない。番組中で3年生の担当の先生は1年間で数キロやせると語っていた。なるほど、朝から晩まで生徒をサポートしていればやせるかもしれない。
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■ 以前のレポートで、PISAの調査における教師に起因する学級雰囲気指標について書いた(→こちらを参照)。グラフを見ていただければわかるが韓国は学級雰囲気指標が高い。上記の一例からではあるがそこから感じるのはまさに「寝食ともに」近い状態で過ごしてれば学級雰囲気のよさは自然と高まっていくのかもしれないということだ。
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■ そして未来を創る学校でも触れたが韓国の高学歴への競争と教育費が高いのは有名だ。就職のために高学歴を目指し、教育費の支出問題から少子化問題にもなっている。
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■ そのせいもあるのか、韓国政府は
| 2008年の大学入試から高校の内申書を重視するとの方針を決めた。受験競争やなどを緩和し、学校教育中心に移行させることが狙いだ。 (読売新聞より) |
ところが、この見直しに高校生が決起して集会を起こそうという報道を目にした。この方針に反発してのことだ。高校生が決起集会をしかも入試改革に対して起こすなんて日本では考えられないことだ。個人的にはもし韓国のような厳しい入試体制であったのなら改革してほしいと願うがどうやらそうではないらしい。
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■ 考えてみれば、一つの目標に向かって生徒と先生がタッグを組んでマラソンしているところに
「そのマラソンのルールを変更します。」と言われれば「待った!!」の一言をかけたくなるのかもしれない。学校内での競争が激化して友人関係や生徒と先生の間での関係がギクシャクする可能性があるからだ。つまり、学級雰囲気に影響がでてくるのだ。
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■ ちなみに、英米、オセアニア地域に留学あるいは移住している韓国人の友人はけっこういた。そこからも韓国の場合、全体的な雰囲気として高学暦とキャリアアップのためのセルフインベストメント(あるいはファミリーインベストメント)が高い傾向にあると感じる。ということは、一つの方向への指向が強いので性別は関係なくそれを目指す人々が増えるわけだから社会構造における男女格差が少ないのかもしれない。実際、
| 韓国における女性の大学進学率は1970年代に4人に1人だったが現在、世界最高レベルの72% (Newsweekより) |
である。社会進出も著しい。そして男性中心の家制度を支えてきた「戸主制」も最近、廃止された。つまり、男女格差がなくなってきているのだ。
◇ ◇ ◇
■ ところが、先日、世界経済フォーラム(ダボス会議が有名)から発表された男女格差の国別ランキングで韓国は58ヶ国中54位だった。ランキングの出し方は国連のデータやインタビューをもとに5つの指標の総合ランキングから算出される。実際の指標は以下のよう。
−女性に関する経済への参加度
−雇用機会の均等性
−政治的な決定権限
−教育機会の均等性
−健康への配慮 |
ちなみに日本は38位だった。
長寿で知られる日本女性は健康への配慮では3位だったが、政治的な決定権限では54位、雇用機会の均等性ででは52位である。つまり、健康への配慮が上位でなかったら38位よりも下位であったわけだ。
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■ ここで上位5ヶ国を見てみると、ことごとく北欧だ。
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1 スウェーデン
2 ノルウェー
3 アイスランド
4 デンマーク
5 フィンランド
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つまり、北欧型福祉国家での女性地位は現世界においては最強ということだ。例えば、デンマークは
1)男性の育児参加があたりまえとなり育児休暇の制度が充実
2)それを受け入れる社会や人々の間で児童の福祉を重視するという共通理解 |
が浸透している。出生率の問題を乗り越えたのもそこが肝だったわけだ。
先のフィンランド訪問のインタビュー中に現地の日本語教師をしている方から聞かれた「男性も女性もない。社会で労働する一員」という言葉からも性別に依らない「協働」という意識が伺える。
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■ 日本でも少子化に対する対策は尻に火がついて議論が盛んになってきたが、北欧の例に見るように「家族」というユニットのなかでの役割分担、すなわち「家事」と「育児」と「労働」に対する再認識がまず必要なのではないだろうか。その上での、時短制度や育児休暇などの制度を充実させていくことが「家族」のサポートにつながると感じる。「主婦」という言葉にマイナスイメージを持っているわけではないがフィンランドには「主婦」という言葉がないそうだ。
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■ 女性の社会への進出が高くなるにつれ、様々なところでギャップがでてきている。特に企業での女性社員に対する対応は労働力という観点からみても待ったなしだ。企業が変革を問われるということは社会の変化が影響していることは間違いなく、そういう意味で、出生率の問題は「少子化に対する対策」よりもまず「家族」というユニットに対して社会のあらゆるレベルで根本から向き合い考えることを迫られているのかもしれない。つまり、21世紀社会に対応しうる、親・子どもから成る「家族」の新たなあり方が問われているのだ。
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