| §8 未来×先進国×オルタナティブ!? -- フィードバック from Finland -- |
by 岡部憲治
2005/06/08
■ ホンマノオトでは、現在のフィンランドの社会システムを「グローバル社会システムの矛盾を明らかにし、それを解決するための民主主義的システムが成立しているかをチェックする好機」なものとして捉えていた。
私もそうは思うのだがその一方で現在のフィンランドを「憧憬」のようにも捉えている。EUに加盟している以上、国を超えての競争は激しいものとなってくる。スペインの大手銀行がイタリアの準大手銀行に対し買収を提案した「国境を越えた銀行再編」などがいい例だ。EU内での金融規制の統一が動き出したことも一因だろうがいずれは金融だけでなく至る所に「統一」の波は押し寄せてくるだろう。最近、EU憲法の批准で「NO」を示したフランスやオランダも「今・ここ」で考えればそういう選択になるのだろうが長いスパンでみれば収束する方向へ進むのではないだろうか。
また、税制面で中小企業より個人か大企業という形態が成り立っているフィンランドも、EUという連合体で「今後の要は中小企業である」という情勢から変革を迫られてくることも考えられる。世界の約三分の一の携帯市場を占めるというノキアも最近は業績不振だ。シェアが5ポイントも下落したことから今年の株主総会では経営陣に対する批判が続出した(今四半期は調子がよさそうだが)。
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■ 取材時に間接的に聞いたのだが、現場の先生からは「学力が落ちてる」「学習意欲が落ちてきている」と言った声もあるようだ。中学になるといわゆる「おちこぼれ」になるような生徒も増えてきているとのことだ。いい意味での個人主義の国だから本人の行動に対してまわりはあまり言わないということもあるのだろう(自己を尊重するという意味で)。また基礎学力も落ちていて、数学でポリテクニックに入学してきた大学生にAlgebra(代数)の基礎を教えなおすといったこともあるようだ。
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■ つまり、まだ表面化していないがやはり何かしらの変化がフィンランドにも起こっているのだ。グローバリゼーションの波はじわじわと色々なところに良きも悪きも影響を及ぼし始めている。
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■ EUという連合体の中で迫られる「競争原理と社会形態の変革」に対して、どこまでフィンランドらしさである「協働と協調」を保っていけるのか。教育の面でもPISAの結果でこれだけ世界から注目されてしまっては意識しないわけにはいかないだろう。万が一にも次のPISAで順位が低下してしまったら当然、躍起になってくる可能性は大きい。挑戦者よりチャンピオンは苦しいのだ。
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■ 要するにグローバリゼーションの波にのまれる前の、ある意味ISOではなくJISに基づいてモノ作りをしていた日本のような感覚としてフィンランドを捉えているのかもしれない。
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■ もっともグローバルな指標といわれているGDPそのものに今、目を向けられているわけだからそこが変わってくれば話は別なのであるが。
こんな式を最近、目にした。発展のサステナビリティという観点から見たときの世界の課題を式にしたものだ。「豊かさ」はGDP(一人あたりの国内総生産)、「技術」はGDPあたりのエネルギー消費量(CO2排出量)と定義されている。
限りある資源・環境を維持しつつ発展していくためには人口抑制策だけではなく「豊かさ」のあり方を再検証する必要があると提起しているのだ。
「豊かさ」をGDPと定義していることにはもともと批判があるそうだ。つまり、豊かさにも色々あってそれは国の発展具合により違うのではないかということだ。「先進国」と言われる国々ではマテリアルな豊かさよりもメンタルな豊かさが、「開発途上国」ではメンタルな豊かさよりもマテリアルな豊かさが求められるのは当然だ。英語にすれば "developed country" と "developing country" 。なんとわかりやすいことか。
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■ この式で使用されている「豊かさ」がGDPではなく国家間・宗教間・政治間・地域間をも超越する何かとして再定義されたときに、森と湖と自分たちの国を大事に思うフィンランドの人々が「協働と協調」を維持しながら”他”との融和をなしとげていけるのかもしれない。
いや、フィンランドだけでなく全世界の人々にとってグローバルオルタナティブという新たな道が開かれ21世紀社会に身の丈のあった選択肢が生まれるのではないだろうか。
参考記事:日本経済新聞「やさしい経済学−21世紀と資本主義」 より
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