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■ 入試問題から見えるのは、それぞれの学校が持つ学びの物語である。例えば自修館中等教育学校の社会には、興味深い問題がある。
■ 「行基が社会事業をする→空海が高野山を開く→(空欄)→一向一揆がさかんになる」
という流れが提示され、「空欄にあてはまる最も適切なできごと」と、その「できごとについてのべた文として、もっとも適切なもの」を選択肢から選ばせる問題が出題された。
■ 空欄には「日本に禅宗が伝わる」という選択肢があてはまるのだが、ポイントは、それぞれのできごとを日本における仏教の立場の変遷と捉える視点。社会事業をはじめたころ、行基は国家の迫害を受けていた。逆に空海は、国家の支援をうけて留学している。この二人の立場の違いからは、国家の仏教に対する立ち位置の違い、その背景にある社会の変遷が読み取れる。そして一向一揆。民衆が信仰を背景に政治と対立したこのできごとは、空海の時代との間に、大きな社会的な変化、日本における仏教の変化が存在することを示唆している。難解で大衆化を求めなかった平安仏教から、無条件の信仰を念仏であらわした浄土教や、経典などの権威を否定し、知的な造詣を重視した禅を中心とする鎌倉仏教へ。仏教というある種の価値観の担い手が武士へ、民衆へと広がっていく過程は、時代の担い手の移り変わりとして定義することができるだろう。
■ 年表をただ眺めるのではなく、できごとの間に何らかの関係性を見いだす視点。その視点が加わったとき、それぞれのできごとの間が割愛されていればいるほど、その「間」に何が入るのか、どうしてつながるのか、そのつながりに疑問を抱くことだろう。自らの抱いた疑問を探究し、答えを出す。そのプロセスを踏んだとき、多様な知識は一つの物語として生徒の心に刻みつけられる。知識を探究し、物語化するという楽しみ方がある。これは自修館中等教育学校が求める一つの学びの姿ではないだろうか。
■ 自修館中等教育学校では、学校のある伊勢原市や、関西地方、そして海外など、数多くのフィールドワークが行われる。目に見える違いだけでなく、それぞれの関連性、背景にある文化や価値観の違いを読み解く視点が大切にされている。日々学ぶ知識を、あらゆる角度から探究し、各々の視点から物語化していく。
■ 知識の羅列ではなく物語として取り込むという作業は、生徒の心に深みを与えるだろう。そしてまたその物語は、新たな物語を織りなす種にもなっているのだ。
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