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■ 入試問題を横断的に見ていたらあることに気づいた。それは、ほとんどの学校で取り上げられており、その取り上げる手法は異なっているが、出題している問題の中に、どの学校にも共通して読み取ることが出来るテーマがあったのである。
■ 麻布の社会では「紙と生活」について(入試に見る学び[2])の問題があった。女子学院の国語では、コンピューターを始めとした「技術と暮らし」についての文章。桜蔭の社会は、新聞・テレビ・インターネットという媒体による「情報化社会」について。開成の社会では、東京の発展を見ていく中で「移動・通信手段の変遷」が問われていた。
■ これらの問題に共通して読み取ることができることは、普段の暮らしへの気づきである。当然のように使っている電話やコンピューターなどの通信手段、在ることを気に止めなくなったテレビや新聞というメディア、もはや無いことが想像できない電車や車といった移動方法。
■ こうした、当たり前になっているモノ。当たり前過ぎてなかなか気に止めることのないモノを問題・文章の中で扱っているのである。その扱い方こそ違え、生徒自身の生活を取り巻いている環境を、見なおすきっかけにできる問題構成がされているのである。
■ 問いを読み進めていくうちに、頭の中にはいくつもの疑問が生まれたのではないだろうか。「新聞の発行部数が増えたのはなぜだろう・・・なぜ新聞が在るのだろう。コンピューターが発達して便利になったのだろうか・・・情報化社会ってどういうこと。都電が残っているのはどうして・・・電車はどのように始まったのだろう」。こうした、日常の生活で何気なく過ごしていた環境への「なぜ」「どうして」という疑問が、導き出されてくるのではないだろうか。
■ 原因・理由を追求していくことは、その答えを自らの中で模索するようになることである。疑問にたいして、仮説をたて、検証し、因果関係を探っていく、そのためにはどうすれば良いか、何が必要なのか、こうした考えていく力を育成することになる。つまり、想像力・創造力を伸ばしていくことになるのである。
■ 「なぜ」「どうして」「どのように」という探求の姿勢をもつことは、自分の中の様々な情報を結びつけていくためには欠かせない行為の一つだろう。当研究所にも「I関係図」といって、生徒たちが持つ情報(単語)を紙に書き出していき、それぞれの情報をつなげていくものがある。生徒たちはこの過程で、様々なつながりのあり方に気づき、これまででは考えなかったような関係性を見つけ出していく。アプローチの仕方にこそ違いはあるが、生徒に伸ばしてもらいたいと考えている想像・創造力の方向性は、遠くないのではないだろうか。
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