聖歌隊による美しい賛美歌で始まった普連土学園の説明会はとても厳かな雰囲気につつまれていました。舞台の中央にそっと立ち、美しい日本語で語りかける畠中ルイザ校長先生のお話はとにかく直接胸に響く内容です。中心となったのは「礼拝」のお話ですが、毎朝の礼拝は毎週2回教員が担当し、2回は生徒が交代で担当します。そして残りの1回は一切言葉を発しない沈黙の礼拝です。
かつて生徒が礼拝で語ってくれたお話を紹介してくれました。その子は「重い障害を持って生まれた妹を家族もなかなか受け入れられずに戸惑っていたら、おばあさんの『この子はこの家の宝物だよ』という一言で家族全員が受け入れられるようになった」というお話をしてくれたそうです。毎日の出来事に追われ、心の奥底にしまいこまれているものをつい忘れてしまっている時、礼拝は普段の自分の行いを振り返り、そして他の人のお話を聞いて尊敬できる時間なのです、と校長先生が語ります。生徒にとって礼拝は、他者の話を「耳」で聞くだけでなく、自分の「心」を内なる「目」でしっかりと見つめ、話を「聴く」自分自身との対話の場でもあるのです。
このような対話の場が生徒の成長へとつながっているかは、説明会の最後に行われた「在校生への質問会」の様子からはっきりと感じることができます。高校1年生から3年生の在校生はとにかくしっかりと敬語を使って話していました。高校1年生にして「おかあさん」ではなく「母が・・・」と使い分けることができる高校生が果たして何人いるでしょうか。「校則が厳しいようですが、髪の毛を染めたりできないことに不満はありませんか」という質問に対しても「大学に入ったら染めたいと思いますが、高校生時代になにがなんでも染めたいとは思いません。夏休みに染めている子もいますが、うらやましいとも思いません」と答えます。
学園生活と題された説明会資料に「普連土学園のここがイヤ」というコーナーがあり、「温室育ちになってしまい、卒業した後、外の世界とのギャップにとまどう事があるのではないかと心配している」というコメントがあります。同校の教育理念の核となるものは、クエーカーの言葉で「内なる光」・「神の種」と呼ぶものです。それは万人一人ひとりに内在し、その人を成長させ、善に導く力です。6年間をかけて育んできたこの光は、世間の荒波にもまれても決してその輝きを失うことはないでしょう。
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