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21世紀に入って世界は決して安定しているとは言えません。むしろ、民族や宗教の問題とからめて不安定要素を拡大しながら変動を続けています。一方で、20世紀以来の科学技術の進歩は留まるところを知らず、とりわけマルチメディアの急速な展開は、またたく間に社会を大きく変えようとしていることは誰もが認めていることでしょう。こうした流れが、教育の世界と無縁ではあり得ません。教育が時代の動きに敏感に反応していかなければならないのは当然であり、私たちも、そのことに着実に対応する姿勢をとっています。しかし、社会も、教育もそうした激しい変動への対応に追われて、何か大切なものを見失ってはいないかという懸念が私にはあります。長い人間の歴史の中で、人間の生活を本当に豊かにして来たものは何かといえば、それは、まばゆい黄金等ではなく心の底からの「感動」をどれだけ多く持ったかということではないでしょうか。私達は、そうした人間生活の根底にあって、どのような時代の変転の中でも動かすことの出来ないものを何より大事にしなければと思っているのです。私は長い間「心をこめてものを観ること」の大切さを生徒たちにも、私自身にも言い続けて来ました。何故なら、「感性」の原点は私たちの何気ない日常の周辺に眼を向けることの中にあると思うからです。私たちの学校へ入学を希望している人達は皆「絵が好き」「美術が好き」という人たちばかりです。上手いか、下手かではなく、「好き」なものをはっきり持っているというそのことがすでに豊かな感性への種をもっているということなのです。もし、「好き」なことが一生続けば結果は自らついてくる筈です。私たちの役目が何より人間の感性の土壌を豊かにすることであるとするならば、まず「好き」だという気持を毀さないようにして、育んでいくことこそが求められていると思うのです。私たちの中学校は文部科学省の基準による義務教育であり、高等学校は普通科の教育課程に準拠しつつも、いずれも「美術」に多くの時間をとって、美術教育に重点を置いたところに特色があることはいうまでもありません。そこでは授業がひとりひとりの個性を見極め、それを生かすという指導方針によって行われることによって、各々の表現能力が高められることになりますが、あえて私たちが普通科にこだわるのは、併せて一般教科の充実によって感性をも含めて全人的な豊かさを目指そうとしているからです。一方で、生徒たちが、在学中の学習過程の中で美術以外の可能性を発見することもあり得る訳ですが、その場合でも、本校の教育システムは別の可能性にも充分対応出来るようになっております。又、私たちは女子美術大学の付属校として、日頃から大学との連係を密にして、大学の力を付属校に導入して一貫教育の実を挙げています。大学図書館・美術館・食堂等施設の共同利用はもとより大学教員による特別講義、高校生の大学授業への参加、ならびに単位取得等々、学園全体の総合力が生かされているのです。こうした学習環境の中で、私たちの学校には、自由で溌刺とした校風が根付いていることは良く知られているところですが、生活面でも、自らを律することによって自立することが出来る女性像を目指していきたいと思っています。近年、様々なメディアが私たち学校について「ポリシーの明確な学校」として評価してくれているのは嬉しいことですが、私たちは各々が「自分の眼」を持って、感性と知性を併せ備えた人間を目指し、生徒ひとりひとりが、確実に成長していくことに一層の努力をしていくつもりです。何故なら、私たち数学では表しきれない価値があることを信じているからです。
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