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白梅学園清修2回目の入学式 〜
不易流行、文化再生のプログラム【了】
2007年4月11日
by 本間勇人

◆ 白梅学園清修入学式で、秋田中子校長も当然語るのであるが、その≪言説≫には平易な中に天才的仕掛けが埋め込まれている。平易というのは単純に易しいということではない。子どもの目線にあったエピソードを織り交ぜながら、白梅学園清修のビジョンやこれからの伝統をすべてコンパクトに戦略的に解説している。

◆ たとえば、夢を高くこうなりたいという自分を描いてくださいと語るのだが、こうなりたいと思って努力すれば必ず実現するのですよとさりげなく語る。でもこれは単なる言葉ではない。白梅学園清修の伝統や文化を再生産する≪言説≫になっている。豊かな自分のイメージ作りをしていきますよ。それは必ず絶対実現するようにね。これが白梅学園清修流儀だと宣言しているのだから。

◆ そしてその説明のために、サッカーの中田英寿のエピソードを挿入。実は理事長の津田梅子の紹介の仕方に、重なるのだ。中田選手もまた津田梅子同様8歳から激動の人生の入り口に立たされているからだ。そして高校時代からイタリアでプレーする自分をイメージし、実現させた。しかも学業もおろそかにしなかったんですよと秋田校長は語る。ここにも校長の戦略がある。新入生、もちろん在校生も、中田選手のことはみな知っている。スーッと受け入れられる。しかしよく考えてみれば、あまりに高い理想ではないだろうか。でもそういうのは当たり前の文化にしたいというわけだ。

◆ 柴田教頭がラガーマンでもあり、教え子に冨岡選手がいるが、その大活躍を、白梅学園清修の生徒や保護者、教職員全員が直接目撃する共通体験を持っている。サッカーもラグビーも、ヨーロッパのスポーツ。サッカーはケンブリッジで、ラグビーは英国のパブリックスクールで最初さかんだったらしい。校長の≪言説≫は≪私学の系譜≫のポジショニングをきちんと意識されて語られている。

◆ 理事長はアメリカの話を、秋田校長はヨーロッパの話を背景に話した。本校は国際教育のすばらしいプログラムがありますから、がんばりましょうなどという野暮なことは言わない。粋なのだ。グローバルな内的なランドスケープがあり、そこに高い理想を実現している自分をイメージしている未来の卒業生が見えるでしょうというレトリック。理事長といい、校長といい、打ち合わせていないというのだから、これぞ文化再生産システムが機能しているといえよう。見逃してはならないのは、白梅学園清修の教師陣は秋田校長に代表されるように、≪粋≫なのである。もちろんこれは奥ゆかしいのではない。江戸の文化を身体化している。

◆ 下町でもないのになぜ?武蔵野という地は、江戸に水と食料を供給するライフライン。江戸の文化は、何も浅草だけではないのだ。白梅学園清修で東京学プログラムが行われているが、エリアコラボレーションで学ぶ多様なプログラムにも、背景には江戸の文化の精神がある。ローカルとグローバルのダイナミックな素養があるというわけである。

◆ 秋田校長は、人との出会いを大切にする≪気遣い≫を大切にしてくださいとも語る。同級生、先輩後輩、先生方と生徒などの人間関係を作るには≪気遣い≫が重要だと、シンプルに語る。自分にとって居心地の良い人間関係ばかりあるなどと誤解しないでください。人間関係は作るものなのだからと。それには≪気遣い≫だと。巧いなあと感動した。というのも、校長の挨拶の後に続く、理事長の話、一期生代表の話、二期生代表の話、保護者代表の話は、皆この部分を必ず繰り返すからだ。≪気遣い≫と≪目配り≫という≪言説≫を、秋田校長は日常頻繁に使う。小さな気づきが大きな問題を発見し、解決することにつながるからだ。≪現象学的行為≫そのものである。その学びの構造は、リニアーでもシングル・ループでもない。螺旋あるいはマルチ・ループになっている。

◆ そして自分で学ぶ意欲を持って欲しいと要望。このときのエピソードがまたわかりやすい。トリビアの泉の「ヘエ〜」をイメージするようにと誘うのだ。これは茂木健一郎のいうアハ体験にも通じる。ヘエ体験は、無限にあるんだよというわけだ。がしかし、一方で世界には学べるチャンスがない子がたくさんいる。学べる環境にあることを感謝し、社会にどう貢献できるか、そのためには学びを生かすことをぜひ考えて欲しいと。ノーブレスオブーリジのことだ。これも≪私学の系譜≫に白梅学園清修が位置していることを示唆している。

◆ 女性の地位向上のために奔走した創設者小松謙助とその仲間たちの精神が脈々と続いているではないか。明治政府の教育のベース(基本的には今も変わらない)は、簡単に言えば官尊民卑、男尊女卑。それにプロテストしてきた未来を先導する女子教育の文化再生産システムはこうして再び構築されている。別の言い方をすれば、20世紀型教育システムを乗り越える未来型の教育システムにチャレンジし続けるのが白梅学園清修の文化遺伝子であろう。



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