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なぜ白梅学園清修は成功するのか
2007年4月4日
by 本間勇人

◆ 白梅学園清修の生徒たちが、ラグビーを観戦。エッ!?白梅清修って女子校だったはず・・・。その驚きは読売新聞の記事にもなったほど。とにかく、今年2月25日(日曜日)に行われたラグビー日本選手権決勝≪東芝VSトヨタ自動車≫に、秋田校長以下、生徒、保護者、教職員を含む総勢80名が秩父宮ラグビー場でラグビー観戦をしたのだ。

◆ 東芝ブレイブルーバス主将冨岡鉄平さんは、入学する前から1期生に関わってきた。ある時は、学校説明会にゲストとして訪れ、白梅学園清修にエールを贈ってきたし、授業中にもやって来て、生徒たちと青春時代の重要性を語り合ったりしていたようだ。その時、冨岡さんは白梅学園清修の生徒たちに招待すると約束した(約束させられた・・・笑)ようだ。この約束は2つ。招待と東芝の優勝。生徒たちは大いに楽しみにしていたようだ。そしてその2つの約束がついに果たされた。観戦時の模様は白梅学園清修の“TOPICS”に載っているので、ご覧頂きたい。

http://seishu.shiraume.ac.jp/cgi-bin/topics/topics_detail.cgi?data=144&sec=0

◆ なぜ女子校にラグビーの冨岡さんが?と思われるかもしれないが、実は富岡さんの恩師が、白梅学園清修開設時のコアメンバーの1人柴田哲彦教頭先生だったのである。しかし、この絆並大抵のものではない。そしてそこに白梅学園清修開設以来、多くの受験生や保護者から高い評価をされ、厚い信頼を寄せられている成功の秘密がある。

◆ そのことに気づいたのは、恥ずかしながらたった今、「ラグビーマガジン2007年5月号416」を読んでからだ。今年、冨岡さんは、ラグビーのトップリーグ、日本選手権で、「プレーヤー・オブ・ザ・イヤー」と「ベストキャプテン」の2冠を達成した。そのことが特集ページで載っていたので、つい買ってしまったのだが、読み進んでいくと「この熱きリーダーは、いかなる道を歩んで稀代のキャプテンに成長したのか。節目で会った恩師たちに、昔を振り返っていただいた」というコーナーに行き着いた。すると、いやなんとそこに柴田教頭の顔写真入りのコメントが載っていたのである。

◆ 冨岡さんのインタビュー記事と柴田教頭のコメントの両方を読むと、ティーン・エイジの出来事は、後の人生の基盤であることがわかる。そこに教師がこんなにかかわり一生もんの絆を結ぶのかと気づいたとき、そのドラマは本当に事実は小説よりも奇なり。迂闊にも涙せんがゆるんでしまった。

◆ 冨岡さんは、大学以降はキャプテシーに位置し、大活躍するが、柴田教頭時代は、キャプテンになっていない。それには理由があった。柴田先生は、冨岡さんのリーダーシップの優秀さを見抜いていたのに、そうしなかった理由・・・。

◆ 東芝でキャプテンになった冨岡さん自身が、なぜ高校時代、自分がキャプテンにされなかったのかに気づく瞬間を体験する。もちろん頭の中では、その理由はわかっていただろうが、東芝でキャプテンのリーダーシップの壁に直面して、この壁を乗り越えよということだったのかということが理解できる体験をしているのである。

◆ 冨岡さんは、キャプテンに就任した1年目、こう考えたそうだ。「これだけ凄いメンバーが集まっていて、あとは熱を持って、ひとつの方向へまとめれば絶対に強いはず」と。ところが「熱を持って必死にやったんですけど、結果がでなかった」。

◆ こうも回想している。「あのころは十人をひとつの色に染めようとしていた。熱い僕の色に。みんなが100%の力を出すべきだと。その出し方はワンパターン。僕が感じることに全員が共感してくれないと嫌でした」と。これが柴田教頭が、乗り越えよと見守っていた冨岡さんの壁だったのではないだろうか。

◆ しかし、2年目。「10人いたら10人違う。他の9人は僕にないものを持っている。1年目、熱く一所懸命やってチームはよくなった。でも結果は出ない。自分の色に染めるだけでは本物にならないと気づいたのです。」もっとも「十人十色、その十色が一色になる瞬間は必要です。・・・ひとつの頭より、たくさんの頭で考えたほうが強い。・・・感動的で魅力あるラグビーをできさえすれば勝てる。・・・縦にも横にも広くて深いラグビー。広く動かして縦に抜けたら深いサポートがわいてくる・・・。」

◆ 柴田先生の指導は、そういうことだったのである。そしてそれと同じ構造の仕掛けを白梅学園清修の教育に応用した。それが成功の秘密だったのだ。冨岡さんが使っている「ラグビー」という言葉を「教育」という言葉に置き換えてみるとそれがわかる。

◆ 冨岡さんは、5年間、主将の重責を果たしてきて、後進にその責を譲る。その時である。「いまこそ、人の役に立てるかどうか大切」と柴田先生は見守る。冨岡さんにとって、柴田先生は人生の師なのである。ラグビーマガジンの編集者田村一博さんはこう語る。「ベスト・ティーチャーの頁があったら、柴田先生に1票です。」



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