私学Bracketing 私立中高一貫校研究 学校選択を考える 入試について 学力を考える 学びを考える
フランク・ロイド・ライトとの対話 これからの教材 企業と経済研究 入試に役立つ読書 未来を創る学校 ホンマのエッセイ





学校探し(64)
〜新校舎建設のコンセプトは、100年を見通す晃華学園の教育力
2005年6月30日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 晃華学園の新校舎が4分の1ぐらいはできただろうか。高校生はすでにそこで学園生活を送り始めている。多様でやわらかい光と響き、感触、香の新校舎とその周りの自然に包まれて、高校生は自分を見つめ、リラックスして学問に励み、友人や先生方と語らっている。

◆ オープンなスペースにもかかわらず、光と響きがそれぞれの場所で違うため、あるときは目に見えない個人の空間が、あるときは互いに語り合い考え合う空間が生まれる。このように仕掛けられた教育空間デザインには驚きを感じる。

◆ まぎれもなくこの新校舎はTalent(才能)を引き出す空間であり、Technology(技術)が駆使された空間であり、集う人々を包み込むやわらかいTolerance(寛容)の存在する空間である。つまり3Tが埋め込まれている空間ということだ。広野祐子校長先生によると、建築コンセプトの1つは100年建築。100年を見通す教育力が表れる建築設計だそうだ。そしてもう1つは、カトリック女子教育の場として成立すること。1999年から建築デザインを考案し、何度もデザイン変更をし、練りに練り直した新校舎の設計。校長先生の長年の夢がかなう新校舎だけのことはあって、そのコンセプトが見事に表現されている。

◆ なんといっても、Military、Money、Mediaという3Mを代表する監獄に喩えられる従来の学校建築とは全く違う。21世紀は3M的な世界観から3T的な世界観に変わると言われているが、まさにこのようなパラダイム・チェンジの100年を見通す創造的な教育空間になっている。そして3Tの中の特にToleranceというやわらく包まれる感覚は、カトリック女子教育の場としてふさわしい。広野校長先生は何か大きなものに包まれていると語られる。はっきりとはおっしゃらなかったが、その大きなものとは主イエスあるいはマリア様を指しているのだろう。

◆ この感覚はしかし確かにある。すべての階の廊下も壁も教室も、白木を貴重にした木材(宗教ホールはまた別の木材)で構築されている。そしてとにかく窓が大きい。ラウンジとは反対側から歩いていくと、ラウンジを囲む大きな窓は、スクリーンに変容しているのがよくわかる。まわりの自然と緑をそのスクリーンがラウンジに集う生徒たちに映し出しているのである。やわらかさ、明るさ、そして落ちつきというキーワードを広野校長先生は並べられたが、まさにぴったりである。

画像をクリックすると
拡大します。

◆ ここには、視覚的な仕掛け、聴覚的な仕掛け、触感的な仕掛け、繊細な香覚的な仕掛けがある。すべての素材が木材であるが、床と壁では違う種類の木材を使用している。木は建物の素材となっても息吹感を放つ。触感的なやわらかさは、歩いているときに、佇んでいるときに足の裏から、壁に寄りかかったときに身体全体から感じ取ることができる。そしてその息吹感、しかも数種類の木材のブレンドは、繊細な香覚を刺激し、さわやかなイメージを生徒たちに喚起するだろう。

◆ そしてどの階も少しずつ違う空間デザインになっているため、視覚的に変化に富んでいて、発想や思考や感覚がルーチンになるの防いでいる。常に何かに気づくように、小さな変化を仕掛けている。だいたい大きな窓というかスクリーンに映し出される自然の変化は日々いや一刻一刻違うのである。

◆ 同じ面積でも、空間のデザインが違う―たとえば、教室の面積と廊下の面積は同じであるが、天井の高さがあえて変えてある―ということは、それぞれの場所で少しずつ音の響きが違うのである。廊下というか教室から一歩出るとそこは広場と言った方がよいのかもしれないと鎌倉教頭先生は語るのだが、その広場のシークエンスは様々な空間の変化を見せてくれるが、当然歩きながら対話していると音の響きが微妙に変わる。音響設計がこれほど仕組まれている学校設計は他にないだろう。

◆ それにしても素人目には、校舎内の内装空間が目に付く。シンプルであるが、茶室的な空間が随所にある。階段もおもしろい。天に昇るような階段は昇るときは一望できるのだが、各階ではその一部が切り取られているように見える。この見え隠れのバランス感が頭の働きを茶室的というか庭園的にする。そうかと思えばもう1つの階段は、その見え隠れを、アウトサイドとインサイドのつながりに気づかせる仕掛けになっている。茶室のにじり口を思わせるような狭い階段は、地下に向かっていくに従って、日常的な感覚を捨てていくような感覚にシフトしていく。

画像をクリックすると
拡大します。

◆ そして地下につくとそこには日常の響きを捨てて、ある1なるものの音しか聞こえてこないかのような音響設計になっている宗教ホールが広がっている。サークル上のこのホールは、チャペルである。大きさは全く違うが、ヘルシンキにあるテンッペリアウキオ教会さながらの感じなのである。岩山をくり抜いて造られたこの教会は自然そのままであるが、このホールも自然の中に溶け込んでいる。ラウンジ同様、周りの自然をうまく取り込んでいる。それにしても崇高な気持が意識しないで生まれてくるのは不思議だ。

画像をクリックすると
拡大します。

◆ 晃華学園は、国分寺崖線上にある。この崖線は、かつて大名や政財界人の別邸が立ち並んでいたところであることからもわかるとおり、ロケーションがよいのである。4階からの眺望は本当にすばらしい。広野校長先生は、遠くを望み、未来の世界や自分に思いを馳せる視界の存在は貴重であると語る。国分寺崖線をたどっていくと多摩川の下流のほうに五島美術館がある。五島慶太の邸宅があったところだが、この崖線の上に建っているのである。ロケーションやランドスケープから言えば、この五島美術館のあるところにイメージの中で晃華学園を置いてみるとだいたい同じようになるだろう。

◆ 明治時代に日本にやってきた欧米人がユートピアとして羨んだのは大名庭園の芸術性と自然の恵み。晃華学園はまさにその恵まれた条件の中に建っている。そして新校舎はその条件を巧みに活かし=生かし=異化している。広野校長先生は、設計士に日本の学校建築に一石を投じる設計をしてくださいと頼んだそうだ。校長先生の思いに応えた設計士もすごいが、設計士の心をゆさぶった広野校長先生の100年の教育を見通す目は、たしかに大きなものを見ているのである。



私学Bracketing 目次へ