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学校探し(60)〜女子学院の生徒のミッション
2005年6月15日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 6月12日、とある説明会会場で、女子学院(以降JGと表記)院長田中弘志先生が、約250名の保護者に「女子学院の教育」と題してJGのビジョンを語られたそうだ。そのときのレジュメを知人にもらったが、A4一枚の紙片の背景に、JGの深い教育の質層が横たわっていた。

◆ JGといえば「自由」。しかしその一方でレジュメにもあるように「文章を書く機会が多い」。これはもしJGが東大や早稲田、慶応に進学させることを目的とする学校であったなら、矛盾なのである。書くという行為の堕落は、官僚主義を生み出すからである。しかし、一方で書くという行為のエンパワーメントは表現の自由を確固たるものにし、思想を確かなものにする。

◆ この表現の自由という意味で、書くという行為を位置付けている学校は、レジュメにもあるように「大学受験偏重ではなく、すべての科目を重視」する「リベラルアーツ教育の中高版」を実施している≪未来を創る学校≫である。

◆ 「自由」は「知識を統合する力の涵養」になる。「自由」と「統合」は矛盾じゃないかと思うのは浅薄である。「自由」は「真理」からの解放ではなく、「自由」は「真理」へ向かうのである。断片的受験知識では到底「真理」への道は遠い。「知識を統合して」はじめて「真理」への道は拓かれる。

◆ ナチが「ANNE」に象徴されるようなユダヤ人大虐殺を行ったのは、「自由」は「真理」から解放されることであるという考え方が背景にあったからかもしれない。少なくともハイデガーがナチ党員に迷い込んだとき、彼はプラトン以降の哲学者たちと対決してこう考えた。ニーチェでさえ神を問い返さない真理に呪縛されていると。「人は神に創られたもの」だとしてもその「神」の存在とは何かと。哲学者たちが「神」を問わなかったかどうかわからないが、間違って「神」になろうとした歴史的人物はたくさんいただろうし、神の国になろうとした史実も多々あっただろう。かつてのナチスドイツと大日本帝国は、その意味で同一構造を持っていた可能性がある。

◆ 田中院長先生がJGの建学の精神を説明する項目に「人は神に創られたもの」「人間を超えた存在・創造性・永遠の真理に対する畏敬」「絶対的価値判断の規範」というフレーズがさりげなく列挙されているが、ここには「真理」に向かう「自由」こそが戦争の悲劇を救済する、つまり「男女、年齢の別なく、一人一人が神の前に大切な一個の人格」として人類すべてが尊重されるという根源的なビジョンが語られている。これは≪未来を創る学校≫の絶対的条件である。

◆ 田中院長先生は、そんなことに全く興味を持たないマスコミや塾に対し、実は単身乗り込んで、言論で闘い挑んでいるのである。価値相対主義的表層真理と男性原理社会に対して。これがJGの生徒たちが社会で・国際舞台で活躍するための本当のミッションなのである。



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