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学校探し(57)〜全く新しい女子校白梅学園清修の誕生
2005年6月13日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

§1 社会を変える女性を輩出する

◆ 6月11日(土)、来年2006年に開設される白梅学園清修中学校(以降「白梅清修」と表記)の第1回目の学校説明会が開催された。もちろん個別に学校に行って説明を受けることはできるが、学校説明会というパブリックな会は15回も設定されているのである。そのうちの1回目が行われたわけである。ホームページを見ると、各回テーマが違っていて、何度も説明会に足を運びたくなるように工夫されている。

◆ もっとも白梅清修は今までにない私立の女子校であるため、保護者や受験生には少しずつ説明を聞いてもらわないと、理解を深めてもらえないかもしれない。そういう心配りが15回という学校説明会の実施の背景にはあるのだろう。実際、全16ページの「かわいらしいパンフレット」と8ページの教科の特色と行事を紹介している「手作り小冊子」という説明会資料が何気なく配布されていたが、その中身の濃さというか新鮮さというか、とにかく驚愕しないわけにはいかない。

◆ 秋田中子校長先生がまたいい。「寒風に咲く白梅のように凛として、清々しくあり、勇気を持って、未来を切り拓いていく女性を育てることを教育理念」としていることを、静かな情熱をもって語るのだが、その姿は、白梅清修の理念そのものなのである。近代という男性中心社会において、女性というのはまさに寒風に咲く白梅のような存在なのである。凛として、清々しく、勇気をもって、女性はスペシャリストとして社会を変えていく時代がやってきている。欧米ではすでに女性の首相や大統領も出ていて、女性が社会を変えていくリーダーシップを発揮している。日本では、このような感覚はまだまだ浸透していないが、それ自体グローバルベーシスを有していない証しなのだ。

◆ そういう意味では、白梅清修が新しいというのは、教育理念そのものが今までにないということをまずは意味している。従来は男性中心社会(近代の1つの象徴)の中で社会的適応を果たし、リーダーシップを発揮していけばよかったのである。良妻賢母とはまさにその典型であるが、社会に進出した女性の仕事は、それが家庭から社会にシフトしただけで男性中心社会を維持するという基本的構造は何ら変わっていなかった。

◆ この構造を女性自身意識しないで長い間受け入れてきたので、どんなに家庭や社会の中で女性が抑圧されていたのかそのことに気がつかなかった。しかしこの抑圧的構造は、女性に対してだけではなく、子どもたちや弱い立場に立っている世界の人々に対しても同一であった。だから国際社会から見ると、日本はまだまだ弾圧的国家として映る。しかし日本はそれを自覚していない。これでは国際舞台でなかなかうまくコミュニケーションがとれないのは当たり前だ。外交にしても経済にしても平和活動にしても、文化的活動にしても、世界の人々と手をつないで協働していく環境を日本国家も作っていけるようになるには途方にくれるような時間がかかりそうだ。もちろん、個々の日本人の中には優れた国際人がいる。しかし、それはNGOのような動きにも、まして国家レベルの活動にも到っていない。

◆ 秋田校長先生や開設準備のコアメンバーである7人の先生方の思いは、個人としての国際人よりも社会と共にある人材を輩出しようと考えているようだ。学校説明会では、直接そういうプレゼンテーションはしない。誤解も多いからだろう。世間は大学進学実績を唯一の学校選択の尺度にしてきた。これ自体、合理性、効率性、先見性、予見性を促進してきた近代原理の象徴であり、同時に多くの矛盾を生み出してきた抑圧原理の典型である。

◆ だからこそ、丁寧に誤解を招かないように、説明をしていく必要があるのである。よき理解者、了解者を増やしていくために。そして、これは、白梅清修を理解する保護者がたくさん生まれれば生まれるほど子どもたちの未来は明るいということを示唆している。学校説明会当日、多くの保護者が訪れた。未来への可能性は拓かれたようである。

§2 白梅清修の最重要ポイント〜多様な経験と鳥瞰視点

◆ 学校説明会で配布された資料を熟読していくと、ある多きな統一感のあるポイントが見えてくる。それは多様な経験と鳥瞰視点の往復運動が、日々の学園生活に脈打っているということである。まずアクティビティの多様性だ。オリエンテーション、スポーツ大会、アチーブメントテスト、芸術鑑賞、面談週間、体験学習、文化祭、進路講話、国際スポーツ体験、スケッチ大会、百人一首大会、スピーチコンテストなど毎月なんらかのアクティビティがある。

◆ その一方で、高校1年までに高2相当の課程を修了してしまう。なんという速さの先取り学習というのは誤解で、実は全体観、あるいは丸ごと観、つまり鳥瞰的な視点を持っていなければ学習というのは実は楽しめないという発想に立っている。多様なアクティビティはまず身体で丸ごと全体観をつかむきっかけ作りである。そして教科という思考力や知識の関係を増やしていく作業はその論理的な構築なのであるが、それには細部からの積み上げではなく、まずは丸ごと観の論理性なのである。それが鳥瞰的視点育成ということになる。全体を見回しながら細部の位置付けを理解したり組み立て直したりする。

◆ たとえば、(1)環境問題なんかは、実際に環境問題で痛みを感じている多くの人々にまずはインタビューしてみれば痛みを身体で共有することができる。(2)痛みを共有したら、環境問題を解決するために、どうしたらよいか身体がしぜんに動き出す。同時に思考が回転しだす。(3)GDPの各国のシェア率、二酸化炭素の各国の排出量、科学技術の進歩とエネルギー消費量の関係などを調べたら、その意味を話し合う。データの背後に隠された実存的な問題を探すのだ。(4)各データの相関などの関数的な関係の方程式を作り出す。(5)方程式ができたら問題解決のための社会的行動モデル、それに基づいたルールの意思決定、その方法などなどを提案する。

◆ (1)は体験学習と英語学習が有効である。(2)は総合的な学習が有効。(3)は理科と社会と国語、(4)は数学、(5)は社会がそれぞれ有効であるが、一般の学校ではこのような教科間の連携は難しい。しかしそれを白梅清修は目標にしていると推察する。そしてこの教科間の連携、はっきりいえばナレッジマネジメントを可能にするには、あるまとまった時間が必要である。また授業は講義形式と議論形式の弁証法的結合が必要になる。そこで65分間STサイクル授業が開発されたようである。

◆ パンフレットによると「生徒(S)と教師(T)のコミュニケーションを緊密にし、すべての教育活動において、【動機づけのInput】→【議論のOutput】→【知的獲得のFeedback】→【発表のRe-Output】の循環サイクルを実施していきます。このサイクルを浸透させることで、生徒に問題発見・解決・発表能力が身につきます」とある。なるほどこれは、通常の45分や50分授業で展開するのは難しい。65分間という時間が重要になってくる。

◆ この65分間STサイクル授業という基礎モジュール単位の複合的な結合体が6年間全体の白梅清修の教育活動を形作るのであろう。かなりダイナミックであり、それゆえ生徒たちは興味をもち、自分を深めていくと同時に、白梅清修の教育理念をアイデンティティとして共有できるだろう。またこのダイナミックなカリキュラムは、生徒の自己実現の過程に相当よい影響を与えるだろう。なぜなら常に生徒同士、生徒と教師のコミュニケーションが存在するからである。しかもそのコミュニケーションの雰囲気(CC : Communication Climate)は開放感のあるものだ。学級雰囲気とかCCというものが生徒の成長や思考の環境として重要であることはOECD/PISAの報告でも指摘されているが、学校説明会の時に話されているコアメンバーの先生方の様子から、とくに女性の先生方のコミュニケーション能力が高いことがわかる。このような快適なCCから発想力豊かな人材が育つことは十分に予想可能だろう。

◆ 独断と偏見だが、説明会の内容と説明会終了後に先生方に質問して感じたことなどを判断材料にして、白梅清修の学校選択≪クオリア・スコア≫を予想してみた。参考になれば幸いである。



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