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学校探し(53)〜校長がビジョンを明快に発信する淑徳巣鴨
2005年5月25日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 「ヒトは好奇心でできている!」とは淑徳巣鴨中学校・高等学校(以降「淑徳巣鴨」と表記)の校長中川武夫先生の著書のタイトルである。と同時に同校サイトのトップページの中心に記載されているビジョン・フレーズでもある。

◆ 知的好奇心は人類進化のエンジンだったはずだが、あまりに豊かになりすぎた社会にあっては、人々は自ら好奇心を抱くヒマがないほど、外からあらゆる刺激を常に与えられる。こういう社会環境の中にあって、ヒトとしての原動力である好奇心をどのように回復するか。このことにチャレンジしている教育を淑徳巣鴨は実践している。

◆ 実はかつて訪問したときに、ずいぶん快活明朗な生徒たちで溢れているなとすぐに感じたのだが、恥ずかしながら、その理由がよくわからなかった。新校舎も明るい感じがするし、オシャレで小さな花の息吹も大切にされている。そういう教育空間が随所にあるのだが、おそらくそういう木目の細かい環境設定が、生徒たちの心を解放しているのだろうぐらいにしか思っていなかったのかもしれない。

◆ しかし、今回校長先生の著書を拝読して合点がいった。生徒が自ら知的好奇心を抱き、第二の遺伝子である「ことば」を磨く学習活動としての教育の仕掛けが有機的に広がっていたのである。パンフレットやサイトではそのつながりが見えなかったのだが、校長先生のことばが教育の仕掛けの有機的結合を見事に表現していたのである。

◆ 「スポンサー講座」、いわゆる土曜講座に相当する「BSC」、「5学期制」、東京シティー全体をキャンパスとして活用する「東京キャンパス構想」、多様な進路に対応している高校からの「コース制」。これらが実は有機的につながっていたのである。

◆ 各界で活躍している人々の講演は、身近な問題が世界の問題に広がっていることを感じさせるに十分な刺激だろうが、それだけでは好奇心はまだ受身である。講演者に講演してもらって終わりにするのではなく、講演を生徒たちとの邂逅の場としてもらうように仕掛けるのが校長先生の腕のみせどころであるようだ。いろいろな疑問を投げかける生徒たちの学習活動に講演者を巻込んでいくというのがその仕掛けである。自分がどういう仕事を天職として、社会に役立っていくか、世界を変えていくか、生徒たちは胸を膨らませる。それは好奇心の本格的な芽生えである。

◆ だから進路のコース制が多様なのである。選択肢が多様であることは、これもまた好奇心に対応する仕掛けである。そして問題意識の持続性は「東京キャンパス構想」という仕掛けである。ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京といえば、実は典型的なグローバルシティであり、海外に行かなくても、グローバリゼーションを学ぶチャンスが溢れている。しかし、ただ歩いているだけでは、気づかないことが多い。先生方と対話をしながら散策するという仕掛けがあればこそ、歴史的に東京がグローバルシティになる条件があることに気づいたり、生徒たちは自らの未来に思いを馳せたりすることができる。そこに好奇心が燈るのは当然だろう。

◆ もちろん、好奇心だけでは、夢を実現できない。実現するためには基礎学力や技術を身につけることが肝要だ。これらの力を定着させる仕掛けもある。卒業生がアシスタント・ティーチャーを担当する「BSC」がそれである。ブライト・サタデー・クラブの略である。先輩との絆がモチベーションを高めるし、一週間という単位で思考やトレーニングを集中させる仕掛けでもあるのだろう。そして「5学期制」という中期単位で集中させる仕掛け。無味乾燥で透明な日常的な「時間」に、意味と色がついて生きる「時間」が生まれるわけである。

◆ 講演者や先生方との対話を通して「ことば」という論理を学び、その論理に命を与える好奇心を膨らます環境設定が実に巧みである。しかも「時間」という目に見えない、しかし生きるということは「時間」とともに在るわけだから、その「時間」との付き合い方も同時に学ぶ仕掛けになっている。「ことば」と「つながり」と「時間」と。

◆ 生徒たちは漠然と自分の存在を生きるのではなく、ヒトとしての存在を日々自覚しながら生きる仕掛けが、淑徳巣鴨にはある。だから生徒たちが快活明朗なのであろう。



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