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| 学校探し(19)〜あたりまえのことをあたりまえにやる浅野 |
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2004年12月2日 |
| ■ 浅野の教育のイメージは、あたりまえのことをあたりまえにやるという静けさと柔らかさの背景にある意志の強さである。たとえば、進路指導は各駅停車という比喩で表現されるようだが、その意図は悩んだり真剣に考えたりする時間をたっぷりとれる環境を作りたいということであろう。これがおそらく同校で言うあたりまえのことという意味だろう。
■ 創設者浅野總一郎の言葉「九転十起」を大切にしているところからわかるように、標準であればそれであたりまえであるということではなく、標準以上であるために壁を乗り越える努力を惜しまないというのが真意だと思う。 ■ 「学力低下」の本当の問題は「思考力低下」なのであるから、考えることを大事にして授業を展開するというあたりもあたりまえのことであるが、世間で言う常識とは少し次元が違うようだ。文武両道をうたい、考えることをあたりまえのこととしてみなし、勉強合宿もがっちりやり見事な大学合格実績を出している。そういう意味では良質なエリート校と言えよう。要は人生の基礎を身につけることができるということである。浅野で育まれる人生の基礎とは、おそらく友情、礼儀、論理的思考、時間管理といったものであろう。 ■ ただ、時代は恐ろしくダイナミックなうねりの様相を呈している。20世紀的世界観の知識体系の論理的思考トレーニングでは、そのうねりを捕まえきれるだろうか。論理的な思考とは必ずしも論理学ではない。純粋に論理学をやるわけではないからだ。そこには発想力やレトリックが絡んでくる。論理的展開もリニア型なのかハイパーテキスト型なのか多様なはずである。浅野のいう思考力とはいったいいかなるものであるのか。 ■ その中身が見えにくい。開成なら確率論的思考力だし、麻布なら哲学的思考力だし、武蔵なら科学主義的思考力だし、駒場東邦なら道徳的思考力だし、栄光なら芸術的思考力だし、聖光ならパラダイム転換的思考力だ。もちろん筆者の勝手なイメージに過ぎないが、こういうイメージが浮かぶか浮かばないかは意外と重要である。浅野の2月3日入試という生徒獲得戦略は、受験市場戦略としては大成功しているが、私立学校のブランド戦略的側面から成功しているかどうかはわからない。そろそろ2月1日入試にチャレンジする戦略が学内で論議されているのではと大いに期待はしているが。 |
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