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学校探し(2)〜 駒場東邦はなぜ見えないカリキュラムが必要だったのか

2004年10月19日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


◆ 駒場東邦、誰もが知っている名門校。科学的精神、合理的精神、自主独立の精神を養うという学校の理想は、おそらく世の中のイメージ通りだろう。しかし、ホームページや説明会などで見る限り、科学的精神、合理的精神、自主独立の精神という理想がどのような形で浸透しているかは判断にとまどう。

◆ 各教科の説明は、科学的精神や合理的精神、自主独立の精神の高みまで登らない。学力養成という意味で合理的ではある。知識の体系を知るという意味では科学的ではある。自ら学習するという意味では、自主独立ではある。たしかに、毎年東大に60人前後、早慶に200人以上合格するカリキュラムである。しかし、それぞれがものの見方や創造的な才能が養われるという意味で、カリキュラムが精神を醸成する場になっているかどうかは不明である。

◆ ただ、クラブ活動や学校行事は盛んであり、生徒たちはスポーツ、芸術、科学という様々な分野で活躍している。ブラスバンド、軽音楽同好会、バスケットボール、化学部などで、優秀賞を獲得しているほどだ。教科のカリキュラムでは、基礎学力や東大に入るような強い学力を養い、要は論理的思考の基礎は築いておこう、人間関係や生きる道については行事とクラブ活動で養おうというシンプルな考え方なのだろうか。それゆえ、久保田校長時代に、前者を見えるカリキュラム、後者を見えないカリキュラムと表現したのだろうか。

◆ ところで、このような表現をするのとしないのとでは一体どんな違いがあるのだろう。それが意外にも大きな越えられない溝が生まれてくるのである。表現しない場合は、学校の教育活動は、各教科、各行事、各クラブという各要素の集合という要素還元主義的なパラダイムに支配されることになる。見えるカリキュラムと見えないカリキュラムとなると、教育活動は、二つのカリキュラムの相互関係が生まれ、1+1が3にも4にも5にもなるというシナジー効果を生み出す相互関係主義的なパラダイムになる。

◆ 要素還元主義でも相互関係主義でも、科学的精神や合理的精神、自主独立の精神はベースにある。ただ、トマス・クーンではないがパラダイムが違うのだ。要素還元主義的パラダイムは、モダニズムの世界を組み立てていくために非常に重要な考え方や態度である。しかし、アインシュタインやシュレジンガーのような発想は生まれない。彼らの土壌は相互関係主義にあるし、宇宙の法則と量子の法則の統合理論を生み出すのも、こちらの土壌である。

◆ どちらがよいというのでも、どちらが正解というのでもないが、互いに相容れないパラダイムであることも確かだ。いずれにしても、下記の【グラフ】にあるように、偏差値は高いが、「学校選択指標」のクオリティス得点は低く、≪クオリア・スコア≫の位置はいわゆる御三家や栄光、聖光、慶応普通部などのグループに入っていないのが気になるところである。≪エクセレント・スクール≫であることに間違いはないのだが。



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