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麻布学園のもう1つの可能性

2004年3月12日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


◆ ブルデューの論文「教師と学生のコミュニケーション」(藤原書店;1999)の中にこんな一節がある。「肘掛け椅子の前の講義と小論文は、機能的な対を成している。寄る辺無き[根拠の曖昧な]プログラム[授業計画、科目]を明示的で限定的な要求に換え、小論文をもっと厳密で正確な練習問題に換えるなら、また拡散的な[漠たる、とりとめもない]規準によって評価される文化的な方法の試験を試験学によってコントロールされた方法に換えるなら、今現在行われているような教師風の講義が理解され、効果を上げていると主張されている幻想は、直ちに崩壊することになるだろう」と。

◆ そして、この論文の訳者安田尚氏は、そのあとがきで「教育ほど多くの言葉が交わされている世界はない。教育こそ日々実に多くの言葉が語られる饒舌な世界だと言えよう。しかしまたこの教育の世界ほど、その生産される情報量に比してコミュニケーションの効率性、生産性の低い世界もないのである。教育以外の世界なら、情報伝達の失敗はただちに何らかの支障をきたすであろうし、訂正を求められるにちがいない」とブルデューの着想をわかりやすく説明している。

◆ ブルデューの分析対象は、フランスの大学の教師と学生の関係であるが、日本の中等教育における近代的伝統的教育のコミュニケーションにも共通するものだと思う。この伝統的教育における「教師風の講義が理解され、効果を上げていると主張されている幻想」=「生産される情報量に比してコミュニケーションの効率性、生産性の低い世界」を解体する、解放する、鉄鎖を切る教育の最前線にいるのがおそらく麻布学園なのだろう。そしてこのような行為や表現が麻布の自由なのかもしれない。

◆ 実は、麻布学園出身の大学生と出会って、改めてそう感じたのだ。彼は、まさにプログラムや小論文などによる表現、そしてその評価という一連の流れにおいて取り交わされる教師と生徒たちのコミュニケーションをブルデューの考えるような方向(ブルデューとは決して方法論的には一致しないが)で換えていこうという私達の新しい学習プログラムの開発と実践を手伝ってくれている。

◆ いっしょにやる合間合間で、麻布学園当時の話が出てくる。麻布で生徒間あるいは教師と哲学的に議論したり、考えたり、論集に論文を載せるために悪戦苦闘したりといった思い出を生き生きと語ってくれる。そしてそのイメージを重ねながら、プログラムの開発や実践を支援してくれる。まことに教育のコミュニケーションとは、良かれ悪しかれこうして継承されるのだなと感じながら、彼の話に耳を傾ける。彼は「基本的に考えることが好きなやつがほとんどですね。麻布の学生は。政治を学ぶにも、経済を学ぶにも、医学を学ぶにも、哲学的思考はその前提としても必要ですし」と言う。また「麻布の教師も本当に自由ですよ。対話しない先生はいないな。それぞれのスタイルの違いはもちろんあります。ものすごく個性的ですから」とも語ってくれる。

◆ 確かに彼と話していると何時間でも対話が続く。ただし、それは饒舌というわけではない。考えながら互いに話す。その一瞬の間がなかなかよい。麻布学園の伝統的な教育コミュニケーションという関係パラダイムのシフトは、こういう人材を輩出するのに大いに役立っているということだろう。

◆ しかし、麻布のもうひとつの可能性は、ブルデュー流に言えば、伝統的教育コミュニケーションによる近代官僚社会の再生産を内部から変質させることであろう。実際、シラバス的プログラム、小論文的表現開発、試験学に基づいた評価の重要性に気づいているのが、今の教育改革の流れである。麻布の生徒がかつて3割削減の新学習指導要領を教育は3割自由化されたと謳ったが、なるほどそうなのだなと感じ入る。もしかしたら、学力低下論を支えているのは、伝統的教育における「教師風の講義が理解され、効果を上げていると主張されている幻想」そのものであったのかもしれない。それゆえ、麻布の学生は、逆に「自由」なのだという捉え方をしたのかもしれない。

◆ 麻布学園の人気がある限り、日本もまだまだ捨てたものではない。教育の自由や民主化それ自体が何であるか議論は尽きないが、それを保守することが重要だと考える人々が多くなるのか、少なくなるのか、麻布学園の生徒募集の推移が1つの指標になるだろう。がんばってもらいたいものである。創立者江原素六先生もそう思っているに違いない。

※以下の書は「麻布学園の100年」を読破する時間の余裕のない人にお薦めの書である。
→「麻布中学と江原素六」川又一英著、新潮新書、2003年


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