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教育の大転換(59)〜鴎友学園は私立中高一貫校の新拠点

2003年10月8日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


■ 鴎友学園の清水校長、吉野教頭が就任して、半年が経過した。もともとお二人が中核になって今日の鴎友学園の基盤を築いてきたのだから、学園の様子はそう変化がないと、高をくくっている方も多いだろう。しかし、様相は一変している。もちろんパラダイムは変わっていない。パラダイムの拡大にダイナミズムが起きているのである。

■ 愛と誠と創造にさらに安心・安全が加わり、それらが鴎友学園の対話システムで大きな1つの輪となって、あらゆる領域に浸透しているのだ。生徒に、保護者に、学内の教職員に、学校事業を支援する業者に、他の私立学校に愛と誠と創造と安心・安全いう鴎友学園の独自の理念であると同時に普遍的でもある理念が理解され実行される対話システムが創出されている。この対話システムは葛藤と理解の弁証法である。

■ 来年から中学1年生のクラスは今の6クラスから8クラスにし(中2からは6クラスに再び集中するという。拡散と集中のグループ・ダイナミズム)、1クラス30名程の少人数制を導入する予定のようだ。基礎学力や応用力の前に、基礎学習力の確固たるベースを形成しようというのだろう。大事なことはこの少人数制に対話システムが埋め込まれるということなのである。基礎学習力は、生徒と教師の対話から始まるのだそうだ。たとえば宿題を出す。生徒から教師にやってきた宿題が渡される。教師はただ解答を説明したり、宿題をやってきたかどうかのチェックをしたりすることが目的なのではない。生徒にメッセージを返すことが重要なのである。言語の意味、関数の意味、生きがいの意味・・・。少人数制により、まず中1の段階で心に響き続ける生徒と教師のコミュニケーションが十分になされるところに、愛と誠と創造の理念が宿る。そして安心・安全はインフラの整備だけではなく、この内面的コミュニケーションの持続がモチベーションの燈となるという。

■ 思春期を迎えると、生徒たちは思い悩み、時にはらはらするような行動をとることもある。しかしそこから自力で戻ってくる。戻ってきたときは人間的に大きく成長しているという。この戻ってくるという安心・安全はいかにして可能か。それは生徒と教師の心の中で持続する対話が続いているかどうかにかかっているだろう。心の中で葛藤と理解の無限の弁証法過程が続くということである。その対話は極めて個人的なことでありながら普遍的でなければならない。両極を往復回帰しながらあるバランスの中間点が見えたとき、生徒は腑に落ちて生還するのである。

■ この対話システムが、保護者に、学内の教職員に、学校事業を支援する業者に、他の私立学校の先生方に、適応されている。だから、鴎友学園は、いつも対話であふれ、訪問者でいっぱいである。子育てに悩む親たち、教材や授業をよりよくしようと悩む教員たち、パンフレットを作る広告代理店、自分たちの学校を発展させるにはどうしたらよいかと悩む他校の先生たちと、独自のものでありながら普遍的理念をいかに作るか実行するか、葛藤と理解の対話があふれている。

■ この対話の中で、いろいろな事例や知識が有機的につながり、生徒の中で、教師の中で、保護者の中で、外部の人たちの中で、思想の全体像としてリンクしていくという。この思想の全体像をつかめるというのが対話システムの肝である。鴎友学園の卒業生が、大学に進学して、論文を編集する機会に遭遇しても、全く困らないというのは、こういうところに理由があるのだろう。

■ それにしても、鴎友学園は、私立中高一貫校関係者が訪れる聖地さながらである。実際、鴎友教育研究会や鴎友事業会という機関を作って、現場の教師を、教育、事務手続きの両面から支援し始めているという。やがては、この支援は学内だけではなく広く私立中高一貫校関係者に開かれていくのかもしれない。鴎友学園に人が集まるということは、それだけ知的財産やソフトが蓄積されるということでもある。産業社会から知的社会にシフトしている現代社会の最先端を走っているともいえるだろう。清水校長と吉野教頭の頭脳と実行の統合力が鴎友学園を私立中高一貫校の新拠点として脱構築しているのではないだろうか。



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