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内村鑑三の精神を語り続ける鴎友学園

2002年2月13日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


■ 2年ほど前、松岡正剛氏と鴎友学園、湘南白百合、芝、共立女子、中村中の先生方が集って対話したときがあった。そのとき松岡氏は、先生方に創立者の精神というものはどうやって継承されていくのか興味があると尋ねていた。

■ それは結局、連綿として続く学内の対話や周年記念誌やそのイベントなどなどの編集の連続が記憶をつないでいくというような回答であったように記憶している。

■ しかし今考えれば、それは授業や朝のミーティングや授業研究会や生徒獲得のための説明会など、もっと日常的な教育活動の中にも染み渡っていると思う。つまり理念を伝える言葉を日常の生活の中で、教師一人ひとりが語る行為によってこそ伝えられるのである。それは湘南白百合の柳先生や事務局長のシスター木村と話していると聖母マリアの愛をいつのまにか自然に語っていらっしゃると感じたり、共立女子の渡辺先生がソクラテス的な対話グループを学内外で作って活躍していらっしゃるのを拝見してはいつも感銘を受けたりするところからも明らかだ。

■ ただ、聖書の精神が湘南白百合に染み渡っているのは、学校創立者の精神を超える話であるし、共立女子の創立者たちは、たしかにコラボレートな活動をしていたので、渡辺先生の活動と重なりこそすれ、その協働の方法がどこまで同じであるかどうかの検証は私の力には余りある。文献でも残っていればやりようがあるのだが。しかしとにかく理念は日々活き活きと継承されているのは確かだ。

■ その点、鴎友学園の場合は立証しやすいかもしれない。創設者が直接薫陶を受け、学園運営のときも何かと精神的に支援してもらったという証拠の手紙もある内村鑑三の著書が世の中に残っている。内村鑑三の著書を読めば、その影響が直接受け継がれているかどうかがわかるはずである。そう思って岩波文庫の「内村鑑三所感集」というものを読んでみた。

■ 結論から言えば、完璧なまでに内村鑑三の精神は鴎友学園の教育の現場にまでしっかり根を下ろし、毎年毎年花を咲かせていることに気づき、改めて驚いてしまった。この書は、内村鑑三の直感的な真理と愛と思想の閃きを綴った文章で、一つひとつは大変短い文章であるが、瞬間の思想ともいうべき凝集度で、読むたびに精神的エネルギーを充電できる。近代化されたプロテスタントに従わない独自路線をいく内村鑑三。それでいて、カントやルターやカルヴァン、ヘーゲル、蓮如、日蓮、西郷隆盛などの思想を尊敬している。もちろん全面的に鵜呑みにするようなやり方ではない。寛容でありながらも他人に従属するようなことは決してしないことは、私が言うまでもないことだろう。

■ 学校説明会でなされる吉野先生が語る鴎友学園の生徒の自己成長についてはあまりにも有名である。道徳教育において教科学習の中において、思春期を乗り越え、社会性を身につけ、独立した人格を形成をしていくプロセスこそ鴎友学園の中高一貫プログラムの大きな特徴である。しかしこのプロセスの目指すもの、それが非常に重要である。保護者が東大をはじめとする国公立大学や難関私大に合格することを目標にして欲しいという要望に迎合してしまう私学も少なくない。そういう中で鴎友学園の目指すものは違う。自分を超えてまでも社会的自己を形成することこそ重要な自己実現への道なのである。その過程の中で有名大学へ合格するのは全く構わないが。

■ この構えを内村鑑三は所感集の中でこう述べている。

「欲しきものは富貴ではない、名誉ではない、学識ではない、善き心である、常に感謝する心である、常に満足する心である、人のわれに対して罪を犯す者を自由に赦しうる心である、貪らざる心である、寛大な心である、わが右の手のなす善を左の手が知らざるの心である。」(岩波文庫396ページ)
「自己に勝つの法は人を助くるにあり。救済に自他の差別あるなし。」(同書159ページ)
「自由は気まま勝手を行うの意にあらず、自由は自ら己を治むるの意なり。…神学も教会も、政府も国家も、しかり神御自身も、自由の尊厳を犯して吾人の上になにごとをもなすあたわざるなり。」(同書292ページ)
「善人必ずしもわが理想の人にあらず。わが理想の人は勇者たるを要す、真理と正義のために情と闘い、慾と闘い、友と闘い、家と闘い、国と闘い、世と闘う者たるを要す。…わが理想の人は世と相対してひとり陣を張る者なり、終生の孤立に堪え得る者なり。」(同書276ページ)

■ 鴎友学園では中3の現代社会の中で、新聞を読んで自分の興味のあるテーマについて調べたり、フィールドワークをしたりしながら自分の考えを構築し、それを一年後発表したり、ディベートしたりする。発表するときには1200字程度の小論文にまとめあげられるが、まとめるまでに書き上げたレポートは10000字を軽く越えるだろうと吉野先生は語る。そして重要なことは、与えられた書物を読むのでも、与えられた課題を解くのでもないということ、自らの意志でやるのである。ここにも内村鑑三は生きている。しかもことは現代社会という教科の枠の中には収まりきれない。教科横断的になることは当たり前である。思想ということについて、科学と宗教の関係などについて、内村鑑三の考えをみてみよう。

「信は人を深くし、学は彼を闊くす。信なきの学に熱なし、学なきの信に光なし。信をもって荒蕪を拓き、学をもってこれを田園に化す。」(同書62ページ)
「純潔なる思想は書を読んだのみで得られるものではない。心に多くの辛い実験を経て、すべての乞食根性を去って、多く祈って、多く戦って、しかる後に神より与えられるものである。…文は文字ではない、思想である。そうして思想は血である、生命である。これを軽く見る者は生命そのものを軽蔑する者である。」(同書83ページ)
「書を読んで事を識るあたわず、書は事を紹介しまた起想せしむるにすぎず。事を行いてのみよくこれを識るをうるなり。…読書家を識者と見るは非なり。…深く事物を識らんと欲して万巻の書を渉猟するの必要一もあるなし。」(同書262ページ)
「詩は成る、作るべからず。よき思想は美しき言葉とともにきたる。文を練るを要せず、高く思いて潔く行えば足る。詩は勇者の事なり、文士の業にあらず。敢為もって何人も詩人たるをうるなり。」(同書280ページ)
「多読は人をして著者の奴隷たらしむ、多読の人に独立の思想乏し。」(同書244ページ)
「科学は天然界における事実の観察なり、宗教は心霊界における事実の観察なり。二者同じく事実の観察なり、ただ観察の領域を異にするのみ。二者目的をともにし、方法をともにす。事実を知らんと欲す、精確ならんと欲す。科学の敵は宗教にあらず、思弁なり。宗教の敵は科学にあらず、神学なり。」(同書234ページ)

■ 吉野先生は、公立と私学の違いは、大学進学実績の違いではなく、教育の質の違いであると喝破する。公立は残念ながらシステムで動いている。その点鴎友学園は、愛と誠実と真実を教師が生き抜くところに重点を置いていると。内村鑑三は次のように言う。

「余輩が教会に反対するはその腐敗を嫌うてにあらず、制度そのものをにくんでなり。制度は規則なり、愛の自由にあらざるなり。」(同書241ページ)

■ 鴎友学園は「聖書」「英語」「園芸」を非常に大切にしている。最初の2つはよくわかるだろうが、なぜガーデニングなのだろうか。園芸は生命や愛や誠実の奇蹟を実感するのにまたとない場なのである。内村鑑三の美しい次の文をぜひご覧いただきたい。

「過去の奇蹟はこれを教会に譲れよ、余輩に目前の奇蹟あるあり。ガリラヤ湖畔においてにあらず、余輩の狭き庭園において大なる奇蹟は行われつつあり。黒き穢れし土より野百合は白きかつぎを織り、ダアリヤは赤きころもを紡ぐ。金糸桃(びょうやなぎ)に黄金輝き、なでしこに紅白乱る。神は余輩の庭園にいまし給う。余輩は教職を要せず、花間を逍遥して直ちに神に教えられる。」(同書273ページ)

■ 吉野先生や清水教頭先生とお会いして話をお聞きしていると、いつの間にか内村鑑三の世界にいる自分に気づくのだが、その世界は内村鑑三を通して語り継ぐ非常に大きな世界思想の一つなのだろう。その世界を内村鑑三とともに鴎友学園の先生方が語るわけは、「われは信者を作らんがために伝道しない、…歓びを語らずにはいられない。われは雲雀が囀るがごとく、人が聴く聴かないに関せず語る。われは黙するにはあまりに嬉しくある、それであるから語るのである。」(同書320ページ)

■ かくして鴎友学園の建学の精神は、昔も今もこれからも語り続けられるのである。



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