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続・麻布開成武蔵の入試問題のチャレンジ性
2001年02月27日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 2001年麻布、開成、武蔵の社会の中学入試問題は、日比谷高校の独自入試問題を完全に越えていた。これが戦後50年の公教育の限界である。私学がよいということを、煽っているのではない。文部科学省や教育委員会の枠組みの境界線がはっきり見える現象であったということを言いたいのである。

◆ 日比谷高校の日本文化論は、所詮戦後の「菊と刀」が出発点であり、それ以前の引用は夏目漱石のものである。もっとも、ベネディクトや漱石の扱いはかなり歪曲されてかわいそうであるが、とにかく、この基本的枠組みは、日本は農村社会が基底で、単一民族で、恥の文化で、天皇国家で、農耕民族で、閉鎖社会であるという自虐的な反省主義的文化論が前提である。そして、だからオープンになって近代合理主義を取り入れ、日本という国が国際社会で生きていけるようにがんばろうという話になる。日比谷高校がこの通説的枠組みを語らせるために、国語の試験問題の文章として選択したのは「日本文化の変容」であり、中教審のメンバーの1人である青木保氏の著作である。きわめてわかりやすい二元論的組み立ての論文であり、大学入試などでは頻出の素材文章だ。

◆ しかし、実際には日本は農村社会が基底でも、単一民族でも、恥の文化でも、天皇国家でも、農耕民族でも、閉鎖社会でもなかったかもしれない。逆に、そうだとすることで、近代合理主義の名目で、大事なものを封印してきたのではないかという近代化の見直しがあらゆる分野で起きている。柳田国男は、小泉八雲にあこがれながら、八雲と漱石の東大英文学講義の後任問題のために、八雲との接触を控えたといわれている。2人は、一時期早稲田という共通の場で教鞭をとっていたのにもかかわらず。漱石は、日本の近代化に胃を痛め、それを書くことによって、日本の近代化の問題点を後世に示すという偉業を成し遂げたが、八雲は、それを示すだけにとどまらず、さらに日本の近代化が封印しようとした日本の霊的世界や日本の文化を積極的に取り上げた。この八雲と漱石との間にある大きな溝を高級官僚柳田は肌で感じていたのであろう。八雲は漱石にとっても、柳田国男にとってもトラウマの対象だし、嫉妬の対象だった。しかし、それは日本の官僚近代化の大敵だったというべきだろう。

◆ 八雲の講義を受けていた鈴木三重吉らは、児童文学や童謡という文化を形成するが、戦争が再びその活動を阻害していく。八雲つまりハーンや彼を慕った児童文学家たちに見えたものは、官僚近代化が見えないように封印していったのである。雑司が谷の墓地や、近くに佇んでいる宣教師館はそれを伝えるかのように、都心にひっそりと存在している。この宣教師館は現在の女子聖学院や聖学院のルーツである。八雲の子孫たちは、八雲学園や共栄学園でも教鞭をとっているし、八雲をジョイスに並ぶアイルランドの作家に認めさせたのに一役かったのは、駿台高校の瀬尾校長だ。公教育が、近代教育化の流れの中で忘却していった日本の文化の水脈が私学にはまだ流れているのだ。

◆ アメリカの戦後政策は、「菊と刀」を書いたルーズ・ベネディクトの意図に反し、日本の近代化路線を温存することになってしまった。日本の真理を掘り起こすことに恐怖と畏怖を感じたのだろうか。いや若いハーバードの先生方には、ただ見えなかっただけだろう。彼らは、何だことは簡単だ。日本は明治以来の封建社会の尻尾をもった近代国家に成熟しているのだから、その尻尾を切り落とせばそれで我々と同じような近代合理主義国家になる、おもしろいじゃないか、実験してみようなどと思っていたのかもしれない。いずれにしても、日本の敗戦の結果が長引いているのは、日本人自身がこの日本の真理を見ることができないからだ。

◆ 一方で、明治の近代国家作りは、原爆を防ぐことはできなかったが、日本の文化の根本を見えなくしたために、かえってそれを保守するシェルターとして機能した部分もあると考えられるかもしれない。

◆ 日本の近代化の見直し。これに日比谷高校の入試問題はチャレンジできなかったのである。ところが、麻布は、今年の社会の入試問題で、大胆にも「日本とは何か」というテーマで、日本の近代化の問い返しをした。まるで、網野善彦の「日本とは何か」を読んでいるような問題文(おそらく麻布の社会科教員のオリジナルの文章だろう。優れた見識に日本の教育の未来に思わず期待してしまう。)を素材に、「日本文化の伝統形成のメカニズム」について論述させる問題を次々出題。問題文には、日本という国号が7世紀後半に使われ始めたという記述をさりげなくいれているが、これは明治以来の近代教育がつくりあげてきた日本観とは違うんだぜという考え方を表明していることになる。こんな挑戦は、今の日比谷高校にはできまい。

◆ 開成は「東京、江戸」を素材に近代の問い返しをした。伊万里焼の国際性は、選択肢問題でありながら、鎖国の持つ国際性を主張する問題で、実は日本の西方や東方の田舎者扱いが中央政府がつくった真っ赤な嘘であることの証しの一端につながる。ここを掘り下げると蝦夷の問題にもぶつかるのである。武蔵は「川」を素材に近代を問い返した。近代進歩史観が生んだ自然の開発的破壊がテーマ。人と川のかかわりの考察は近代化を維持しようという環境問題を越えて、近代化が見ようとしてこなかったものを、もう一度きちんと捉え返そうよという本質的かかわりに立たせてくれる。自然の物理的治癒力は衰退したが、人間に考えさせる治癒力は増大しているのであろう。武蔵の問題はそう問い掛けてくるように思えてならない。

◆ 鎌田東ニ氏は、「ケルトと日本」という著作の中で、次のように述べている。「今日、新たなケルト・リバイバルや縄文及び神道リバイバルが興っているかに見える。しかし、それは近代化の過程で辺境に追いやられ、敗北していった異端の伝統や異郷に対する単なる懐郷ではない。また、近代化の諸矛盾を突破する一方法としてのポスト・モダン的問題に引きつけたものでもない。・・・・・・現代文明をかたちづくっている諸構造、諸要素、諸問題がいったい何に根ざしているのかを自己認識し、それを変革していく一経路ないし契機として、ケルトや縄文や神道が意味をもち、また、新たなる普遍的な視座を獲得するためにも、そのような固有の文化古層の領域への迂回が必要になってきていると思うのである。」

◆ 文化古層の領域までとはいかないものの、目に見えない文化深層へ迂回し、現代文明の諸構造の認識を深め、その構造の組換えによる活き活きとした人間生活デザインの契機として、私学の入試や教育のパフォーマンス及び歴史の研究は大いに意味を持つことだろう。

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