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中学受験における正しい学校選択視点を養う意義

2006年4月17日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 高学歴、専門性の高い若者に出会う中で、最近ふと感じることがある。彼らの中に、今ここで起こっている問題を回避し、未来に本当に自分のやりたいことがあると仮想している若者や逆に未来を見ずに今ここでの成功ばかりを気にする若者がいる。

◆ ニートとか希望格差という労働市場におけるキーワードが流布しているが、ある意味、今の若者に限らず、あるときニートや希望格差の枠にはまる可能性をみな持っているのではないだろうか。

◆ これは日本社会における情報の再生がはじめからジレンマを生み出すようにできているからだ。片方で大学実績や偏差値をバッシングしておきながら、公立学校が平然と進学重点校のような教育行政を実施していく。民主主義を学ぶ場が、上意下達的な学校運営をしていく。しかし、マスコミの情報の流し方は、このようなダブルバインドをどうぶち破るかというところに集中しはしない。断片情報をシーズンに応じて特集を組んで大量に流す。

◆ 断片を結ぶロングテールの情報は雑誌にもテレビにも表れない。したがって、竜の頭というごく限られた情報で、人々は選択し、情報を再生しようとするが、当然ながら穴だらけで、常にいびつなトルソーにすぎず、全体像をイメージしきれない。

◆ そしてその穴に落ち込んだとき、ニートになるだろうし、希望は絶望に変わる。ニートや希望格差は、フリーターと違い労働市場を形成する経済社会に直接問題があるのではなく、このような情報の再生が穴だらけであるところに帰因するのではないだろうか。

◆ もし中学受験において学校選択視点が狭い範囲に限られてしまうと、子どもたちは情報を再生するときに、不足する情報が多々あり、将来高学歴であるにもかかわらず、全体像を描く情報を復元できず、ニートや希望を失う状態に陥らないとも限らない。学校選択における広い視野は、実は自分の居場所を探したり自己実現にチャレンジしたりする自分をイメージするための情報を収集するリアルな時空なのである。断片的な情報だけで学校(学校のみならずあらゆるものの)選択をする行為が習慣になることは避けたいものだ。


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