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生徒が集まる学校の条件

2004年3月1日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


■ 今年の中学入試も終わった。2月1日が日曜日だったため、女子校はやはり大混乱だったようだ。集まるところには生徒は大いに集まった。そのため1クラス増という女子校が続出。その分、集まらなかった学校は全くといってよいほど集まらなかった。

■ 一体この明暗を分けたのは何だったのだろうか。それは次の文章が言い当てている。

「デンマークの若者がなぜ『大人である』のか、職業社会への適応がなぜうまくいくのか・・・人の話にじっと耳を傾ける教育、順番をつけるテストがないために劣等感から解放されること、少人数クラスにおける対話による学びや論述試験によって養われる自ら考え表現する力、遊びやさまざまな体験・異年齢の子どもや男女の自然な交わりを通して身につける社会的技量、学校と職場が連携して行う職業教育、大学入学前の社会体験、そして学校や社会にうまく適応できない生徒や若者を支援する学校外の教育や余暇活動。これらが総合されて、デンマークの若者の高い社会的技量が養われ、職業社会へのスムーズな適応が促されていると考えられる。日本の学校教育の現状はことごとくデンマークの対極にあると言っても過言ではない。」
(湯沢雍彦編著「少子化をのりこえたデンマーク」朝日選書、2001年)

■ このデンマークの教育が完璧だなどとは全く思わないが、とても示唆的である。著者は日本の教育はこのデンマークの対極にあるという。ここがポイントだ。実は私立中高一貫校は、日本の公立とは対極なのであるから、私学はこのデンマークで行われている教育のエッセンスを共有している可能性がある。あくまでもエッセンスの共有である。習慣も文化も制度も違うわけだから、システムをそのまま共有するわけにいかないのは言うまでもない。

■ 「人の話にじっと耳を傾ける教育、少人数クラスにおける対話による学びや論述試験によって養われる自ら考え表現する力、遊びやさまざまな体験」を通して学ぶ環境のある私学には確かに生徒が集まっている。

■ 「総合」という言葉は、デンマークでは学校と社会のシステム全体を指しているが、私学の場合は、日本の社会システムに私学を支援するトータルな制度はないため、自前で内在させている。そういう人間全体の成長のシステムを独自に開発して学校の内的システムとして活動させている私学には確かに生徒が集まっているのである。

■ 谷川俊太郎氏の「詩ってなんだろう」(筑摩書房)という一見やさしそうだが、とても充実した詩論であり、言語論であり、人間論でもある書で、45分ではあったが、3クラスほど授業をやったことがある。生徒たちは人の話にじっと耳を傾け、対話によって学び、自ら考え表現し、遊びと学びの共通点に感じ入る授業になった。1年間の最後の授業だったが、生徒たちのダイナミックな変化に感動した。この学校では、お二人の先生方と協力し合いながらこの授業を1年間通したが、そのお二人の先生方が、生徒たち1人ひとりの理解の過程にぴったり沿いながら、彼らの変化や反応に目を細めたり、心配そうなまなざしをそっと投げかけたりされていたのが印象的である。私は教師としてではなく、この学校の生徒たちと先生方の媒介をしただけであった。そして改めて、この学校に生徒たちが集まってくるこのような秘密を確認したのである。

■ この学校は外から見ても、いろいろなチャレンジをしているし、しかもそれらが有機的につながっているということが伝わってくる。そして生徒と教師の双方向的かつ創造的コミュニケーションが存在しているため、内的なつながりも育っている。

■ 機能的でかつ人間的つながりができあがっているあるいはできつつある私学、外的にも内的にも血が通っている私学、広報力も教育力も経営力も常に統合する意志があることが感じられる私学、いろいろな表現があるだろうが、こういった私学に生徒は集まるのである。



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