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| 東横学園中学・高等学校 |
| by 本間勇人(honma@netty.ne.jp) |
| 1 注目され始めた東横学園 今年の9月の文化祭から、東横学園を訪れる受験生やその父母の数が徐々に増えてきている。600人を優に超える受験生が学園にやって来ている。99年1月9日まで、さまざまな形式で説明会を開催していくので、参加者はまだまだ増える。東横学園の先生方が一丸となって、自分たちの学校の自己表現をはじめたのが功を奏しているのだろう。そして、実際に足を運んだ子供や父母が好印象を持って帰り、知人と情報交換をする中で、口コミが広まっているのだろう。説明会の後で、父母の方々が回答したアンケートを見れば、そのことがよくわかる。 実際に父母の声を聞いてみよう。 「先日の文化祭に、初めて東横学園へ参りました。道順がわからず、駅前で東横学園の生徒かなと思われた可愛いい女の子に道を尋ねました。笑顔でとても礼儀正しく教えてくれました。模擬店で綿菓子を売っていた生徒さん達が『楽しい学校だよ』と娘に優しく話しかけてくれました。学校選びに迷っていた私は、この日の出来事で志望校を決めました。先生方のお話にも大変熱意が感じられました。すでに何校か学校説明会に参加していますが、同伴した子供にまでお気遣い下さった学校は他にありませんでした。また近代的な説明会に非常に驚きました。」 生徒が学校に満足し、熱意があり思いやりのある先生方がいる。この話を聞いただけで、受験生の親なら行ってみたくなるだろう。おまけに、驚くほど何やら近代的らしい。ますます興味が湧いてくる。どんな説明会なのだろうと。こんな声がある。 「パソコンなど使ったとてもわかりやすい説明ありがとうございました。先生方の熱意がよく伝わってまいりました。先日の文化祭でも、生徒さんがやさしく案内して下さって、感謝しております。」 近代的説明とは、どうやらパソコンを使っての説明会だったらしい。広報部長の二瓶先生から詳しく教えてもらったところ、パワーポイントというプレゼンテーションのためのソフトを使ったそうだ。理科の先生や数学の先生が、ふだん授業で使っているパソコンを活用しただけだというお話だが、ビデオのようにアクティブで、スライドのように簡明で、まるでテレビの画面を見ているような気持ちにさせられる。それは、斬新だし、ただパソコンルームに並んでいる箱を見せられるより、よっぽど情報教育が学園に浸透しているということが理解できる。説得力があるのだ。しかし、技術がすばらしいと感動しているだけでは、どうもないようだ。こういう感想もある。聞いてみよう。 「アメリカからの帰国子女ですので、英語をのばしてあげたいと思っています。その点において貴校の教育方針に大変賛同できました。是非貴校に入学させたいと思いました」 実は、東横学園は「プログレス」の生みの親であるフリン神父を招いて授業研究するほど熱心に「プログレス」に学んできた。しかし、いよいよ脱プログレスの段階に入り、独自の英語の教材、授業を開発したり、他の学校にはない交換留学制度を作り上げたりするまでになった。そこがグローバルな環境で育った帰国子女にウケタのだろうし、昨年までの説明会に出ていた父母を驚愕させたのだろう。 東横学園の武田校長は、百万人の英語の講師をずっと受け持っていた。そして、学園のお母さん方と英会話教室をやったり、放課後生徒たちと英会話のレッスンをしたりしている。英語については、やはりお母さん方は大いに関心を持ったようだ。 「英語教育の充実、パソコン導入などとてもよく理解できました。母親の英会話教室に参加したいと思います。」 もちろん、パソコンや英語だけではない。多くのお母さん方が、東横学園の教育理念や内容そして大学進学指導にも共鳴している。 「木目細かな教育内容、学校方針に感動しました。ありがとうございました。」 とにかく、木目細かく一人一人の生徒とかかわることで、学業、健康、情操の3つを豊かにしていこうという雰囲気が学園にあることが父母に伝わっている。それは、次の簡潔な感想に出会う時に、思いっきり納得がいくはずである。 「他校では見られない方法で、とてもよく当校の教育方針が理解できました」 要するに東横学園には「他校では見られない方法」を編み出せる、すなわち創意工夫を凝らせる先生がたくさん存在するということなのだ。個性を重視します、創造力を豊かに育てますと声を大きくして言うよりも、創造力ある先生、工夫をすることを厭わない先生が目の前にいる事以上に説得力のあるものは他にあるだろうか。この納得せざるをえない先生方の姿に、みな感動したに違いない。 2 世界が失ったものがここにはある 毎日中学生新聞のシリーズものに、「庵野監督聞いてよ!」というコーナーがある。そこには、筑波大付属中の先生が授業の教材に使いたい(もう使ったのかもしれない)と言っていたあの「エヴァンゲリオン」の作者庵野監督と高校生との対話が繰り展げられている。9月24日から4回連続で、東横学園の生徒たちとの対話も始まった。 連載されるや、庵野監督は、「僕の失ったものがここにある」と感に堪えない声を上げ、さらに対話を続けたいといったそうだ。それで4回ものが、6回ものになったのである。 「どうして、東横学園はこんなにいい人ばっかりなんだろう。」と監督に語らせてしまう東横学園の生徒。彼女たちの対話をぜひ聞いてみようではないか。 ―― 話に出てくる人は、いい人ばかりですね。受験雑誌などでは、東横学園は、さわやかで明るい学校だと評価されている。その理由がこの対話の中にはっきり表れている。それは生徒どうしが信頼し合っているということである。そして、この信頼は、次の対話にあるように、生徒と先生の対等な関係があるからこそ自然と結ばれるのである。 ―― 「GTO」のなんでも頑張っちゃう「鬼塚先生」みたいな先生が多いんだ。全く驚いてしまう。ある生徒のことで悩んでいる先生を包み込んでいる他の生徒達がここにはいる。そこには、教える――教えられるなどという関係はなく、人間と人間の分かち合いと対等なコミュニケーションが存在している。 一見当たり前だけれど、それだけに難しいフラットな生徒と先生の対話が成立しているのだ。 こういう生徒と先生の関係が、生徒どうしの信頼関係を作り、さわやかで明るい雰囲気をかもしだしている。 しかし、これは庵野監督が感じるように、すさんだ今の世の中では、失ったものに相当する。 「ソフィーの世界」が200万部も売れたり、心の教育が必要だ、カウンセリングが重要だと叫ばれたりしている世の中で、東横学園だけは桃源郷だというのだろうか。庵野監督は、さすがに芸術家である。直感的に「僕の失ったものがここにある。」と言い当てたのである。すなわち、東横学園こそ桃源郷だと。 実は東横学園の創立者であり、気概のある明治人五島慶太翁の教育観を辿っていくと、歪んだ近代化を邁進した日本という社会を、真正面からなんとかしようとした一人の人間の生きざまに遭遇する。 庵野監督は、心の中には、様々な他者しかいなく、自分というのはどこにいるのかと悩み続けて自分探しにはまっていった一人の少年を「エヴァゲリオン」で描き綴っているが、監督の捜し求めていた精神は、まさにこの東横学園に存在していたのではないか。 |
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