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目黒学院中学・高等学校
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)
1 目黒学院は、21世紀型の学校

「知性を育てる」。目黒学院のパンフレットを開けると、まずこのフレーズが目に留まる。非常にショックを受けた。「知性」という言葉自体は、今では日常化しているし、東大出版会が出しているベストセラー「知」のシリーズがあるので、何を大袈裟なと言われそうなのであるが、このフレーズをパンフレットの1ページめの冒頭に掲げる決断をした目黒学院の先生方の真摯な覚悟が理解できるのだ。だから、ショックを受けたのである。
 もともと目黒学院は、昭和15年に東京機械工科学校として出発した。産業資本主義としての日本の経済を支えてきた技術を教育し続けてきたのである。それが、バブルがはじけ、産業資本主義の行き詰まりに直面した時に、目黒学院は、伝統を継承しながらも、新しい道をすばやく選択した。95年に中高一貫教育を実施したのがそれである。そして「知性を育てる」と言うフレーズに、目黒学院の新たな方向性の期待がこめられた。
すなわち、産業を担う技術を養ってきた教育の伝統に、「知性」を注入することで、実用と知の調和を教育で実現しようというわけである。産業資本主義は、「知性としてのエコロジー」が欠如していたために、環境問題や南北問題を引き起こしたというのは、今では誰でも認めるところだ。しかし、それを解決するにはどうしたらよいのかは誰も積極的に語らない。
 目黒学院は、その解決の鍵をにぎる人材=知性を自ら養おうと言うのだから、その覚悟の程が並々ならぬものだということがわかるだろう。そういえば、昨年、工学院の城戸校長は、工学という近代的技術知を継承しつつ、新たな知の開発の必要性を説き、その知を「工学知」として発表し、世を騒がせたが、同種の教育の枠組みが目黒学院にも存在するといえるのではないか。
 とすると、目黒学院は、大量生産主義的で、画一的発想を推進してきた産業資本主義を乗り越える人材を育成する21世紀の学校のひとつとして、いち早くスタートラインに立っているといえるのではなかろうか。



2 目黒学院の精神は、武蔵の精神に通じる

 目黒学院の教育目標と中高一貫教育プログラムを見て、またまた驚いた。それは、徹底した個人の完成にこだわったカリキュラムであったからだ。個人と社会の調和といったきれいごとではなく、6年間は、個人の主体性、独創性、国際性の育成に注がれるのである。社会のことはどうでもよいというのではもちろんない。個人として独立していなければ、社会に貢献して、個人と社会との調和を作ることなどできないだろうという強固な意志が伝わってくるのだ。福沢諭吉が、「一身独立して、一国独立する」と「学問のすすめ」の中で熱く語っていたのを思い出させる。
 ところで、この集団よりまず個人という考え方にこだわる学校は意外と少ない。その代表的な学校といえば、武蔵の名が挙げられるであろう。武蔵の掲げる3つの理想=Idealsの中で、最も有名なのは、「自調自考=original research and independent thinking」である。そして、この自調自考の精神が表出した有名な事件は、昭和54年の「修学旅行廃止」事件である。
「武蔵60年のあゆみ」には、こんな記事が載っている。
「集団観光旅行が観光地に充満する時代の中で、武蔵の修学旅行は、コース選択制、グループ見学方式など再三の先駆的改善を行ってきたが、ついに、修学旅行という因習的形態にまつわる欠陥を除去し得なかった。集団の中に個々の責任が埋没してしまうような行事はむしろ進んで廃止し、そこで失われる修学旅行の美点は、全く別の形で追求すべきであるという考えのもとに、昭和53年の新制31回生の旅行を最後に、修学旅行は廃止された。」
 ここには、武蔵の、個々人の責任を浮き立たせ、自主性を高める教育の面目躍如たるものがある。このように、武蔵はオリジナルとインディペンデントを大切にしている。そしてやはり、目黒学院も、教育目標を見ればわかるように、独創性、個人の主体性を非常に重要視しており、いわゆる集団観光旅行的な修学旅行は行わずに、さまざまな郊外学習旅行や海外研修旅行を実施している。
 ところで、独創性、個人の主体性を大切にするなどというのは、どこの学校でもと批判を受けるかもしれないが、ミッション系の学校に多く見られるように、実は“man for others”という他者に対する思いやりや配慮を掲げる学校が多い中にあって、まず個人をという教育は、かなり特徴的であると言えるのである。
 武蔵の創立者は、比類なき起業家であった根津嘉一郎翁であった。今でこそ、やっとアントレプレナーシップという個人の独創性と主体性が脚光を浴びるようになったが、武蔵にあっては、創立以来、それが当たり前だったのである。
 根津嘉一郎翁は近代日本を駆け抜けた偉才である。起業家精神と知性の融合が武蔵の教育の原点であった。一方、目黒学院はその近代日本の屋台骨である工業技術を育成してきた。そして、今その工業技術を育成してきた実用的教育の伝統に「知性」を融合させる。
 かつて、開成の教育の精神が、逗子開成や鎌倉女学院に飛び火したように、また、つい最近では、麻布の教育の理念が、渋谷教育学園に広がったように、武蔵の教育の理想が、目黒学院で実現するというのは、大いにありうる話なのである。



3 目黒学院の国際交流プログラムの重要性

 目黒学院では、中3で15日間のアメリカ研修旅行を行っている。短期間ということもあって、生徒の目は、ホストファミリーとの楽しい人間関係に集中し、異文化理解の関心を深めるというところまでは、なかなかいかないようだ。しかし、この旅行は、短期間であるにもかかわらず、異文化体験の重要性を気づかせるチャンスとなっていることは確かである。
 研修旅行参加生徒は、こんな感想を書いている。
「日本の大地を久々に踏んだとき、ひとかわむけた自分を見たような気がした」
「ホスト・ファミリー達からの質問は、私自身の事よりもむしろ、日本の文化に対しての質問の方が多いような気がした」
 この旅行の異文化体験が、視野の拡大と歴史や文化との遭遇をもたらし、自己の認識を豊かにする入り口に立たせることに役立っていることを表しているのである。
 今後高校で実施されるアジア研修旅行や海外留学は、目黒学院の生徒達が自己の完成に向け大きく成長していけるのではないかという期待につながるプログラムとなるだろう。もしかしたら、国内の大学ではなく、海外の大学に留学したいと言い出す生徒が多数出るかもしれない。
 いずれにしても、異文化体験という自分とは異なる他者との出会いとコミュニケーションを仕掛ける6年一貫の国際交流プログラムは、目黒学院にとっては、重要な教育の柱となるだろう。そういえば、高3で2ヶ月間のイートン留学を終えた武蔵の生徒は、こんな報告をしている。
「この2ヶ月で、外面は殆ど変わっていないだろう。少しイギリスかぶれになったぐらいだ。けれども自ら経験しなくては得られない自信がついた。内面の体重はかなり重くなったのではないか。自分と違った文化、言語圏の人々とも何も変わらずに生活できるとわかったのだ。若いうちに外国の生活を体験できる、ということのメリットは想像以上だった。」
 目黒学院の中3の生徒も3年後には、内面の体重は重くなったと語るようになると期待したい。



4 目黒学院の学習空間の工夫
―― 個人の主体性、独創性を確立するために――

社会や集団が、個別化と統一という二つの運動の均衡状態として認識されるようになったのは、そう古いことではない。16世紀という西欧近代化が生まれるころあたりから、そういう認識が成長し始めたと考えられている。それまでは個と集団は未分化状態であったというのである。
 さて、この近代的個人が生まれた16世紀あたりから、空間のあり方が大きく変化した。広間での雑居状態から、「個室」という空間の個別化が誕生したのだ。個人の誕生が先か、空間の個別化が先か、そんなことは知る由もないが、これより現代に至るまで、個人の意識というものが成長する過程において、この「個室」というのが家庭をはじめ多くの空間で、その役割を果たしてきた。
 中国生まれのミネソタ大の社会科学者、イーフー・トゥアンは、「個人空間の誕生」という書の中で、以上のようなことを述べている。また、氏は、フロイトについても、次のような興味深いコメントを書いている。
「フロイトの人格の概念は中産階級の家の構造を基にしているように思われる。つまり、貯蔵庫はイドであり、存在の暗黒の基盤、熱情を煽るかまどの場所である。居間はエゴ、すなわち公的・社会的自我である。屋根裏部屋はスーパーエゴであり、詩人や内向的な子どものための夢の場所なのである。」
 果たして、フロイトは中産階級の家の構造を、自我の概念を考えるときのメタファーとしたかどうかは、わからないが、ともかく空間というものが意識を形成するときに影響を与えているのであろうことは納得がいく。
 そこで、目黒学院なのだが、この点について実にうまい工夫をしている。社会や集団が、個別化と統一という二つの運動の均衡状態として認識されているという前提を、目黒学院は認めた上で、まずは個別化を重視する。中途半端な個別化は、個別化と統一という二つの運動の均衡状態を生み出さずに、かえって、個人を飲み込む集団主義的状態しか生み出せないという武蔵の教育観に近い考え方を目黒学院は持っている。
 そのため、目黒学院では、静岡県富士宮市でのオータム・キャンプで、生徒が個室で学習できる環境を用意する。都心の学校や家庭とは違う異空間=非日常的空間での個室での学習は、個人の主体性に対する意識の自覚を促すであろう。また、職員室は、意識的に開放され、質問や相談がいつでもできるようになっている。フロイトでいう公的・社会的自我ともいうべき個人の意識が自然と形成される仕掛けである。アメリカでのホームステイも、集団観光旅行になどにはならず、個人の主体性が養われる非日常的異文化空間であろう。
 そして、サテライン授業。衛星放送空間は、個々人がそれぞれモチベーションをアップさせていかないと有効ではない。少人数制のきめ細かいケアで、動機づけを促していく教師との対話環境があるからこそ有効なのである。個々人をアクティブにするきっかけ作りは、この目黒学院の教師によるケアだけではなく、専門の心理学者の研修(TA=交流分析という手法)によっても行われている。
 公共の空間、個人の空間、対話の空間、遠距離シフトの空間、異文化の空間、衛星放送空間、そして心理学的空間。さまざまな空間設置の工夫と対話の空間のクロスが、目黒学院の教育の目標である「個人の主体性の確立」を実現しているのである。

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