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共栄学園中学・高等学校
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)
共栄学園の教育における水脈 ―99/11/20―


「Yを人生とし、心の持ち方をXとするならば
     Y=f(X)
が成り立つ。
あなたの人生のため、つぎの表を完成し、美しい人生を送られることを祈ります。
 X  和、 親切、 努力、 工夫、 創造、 応用……
 Y  繁盛、援助・……

50周年記念誌で、数学の先生が、生徒たちに贈った言葉である。この先生は、長い間、数学を教える傍ら、作法室で、作法も指導していた。数学も作法も、実は「関係」に気づき、「関係」を作る技術。数字も作法も「もの」と「もの」、「ひと」と「ひと」、「もの」と「ひと」との関係を表す言語なのである。

共栄学園の授業では、かくのごとくそれぞれの教科を通して、あるいは教科を超えて人間教育を実践している。そして、これが可能なのは、独創的な教師が多いことと、教科を超えて生徒たちと信頼の心を結ぶことを大切にしている教師が多いことに尽きる。

同じ50周年誌に、80年代当時の中学校校長が「日本の社会の現状はフランスの精神医学者ミンコフスキーのいうごとく『生ける接触の喪失の時代である』。昔の共栄学園は「うるおいあつき」ものが多かったと思います。共栄学園中学校は幸い少人数教育です。この少人数教育は「生ける接触」を取り戻す大事な原点であり、……」と述べている。やはり人と人との関係を重視しており、この「生ける接触」を育てる教育をどの教師も伝統的に日々実践しているのである。

もちろんこの伝統は、たんに昔から「ある」ということを意味しない。岡野理事長の語るように、「教育は社会と共に、時代と共に変わるが、芭蕉の『古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ』という言葉を大切」にしていきたいというのが共栄学園の伝統の意味である。

岡野理事長は、校長時代、保護者から質問を受けている。その質問内容は「現代日本の受験体制をどう思うのか。受験をする生徒は自己中心的になるのではないか」というものであった。

これに応えて、校長はこう語った。「受験体制がどうであろうと、自分のやりたいことのために進学する努力をすることは大切だ。ただ、もし自己中心的な性格をもったまま、受験するというのであれば、それは真の勉強ではない。1つのことを一生懸命やっていく上で、よりよい向上と人々のおかげに気づき、自他ともに生きる共に栄える広い視野の人間になって行くことが大切である。」まさしく、社会が変化する中で「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」という精神が一貫しているというほかはない気概である。そして、この気概は、多様な大学入試に対応した進学準備と生徒の生きる目的を共に見つけていく進路指導を通じて、他者と共に生きかつ自立できる人材を育成していこうとする「共栄2000プロジェクト」に脈々と流れ、いわば共栄の教育の根底に流れる水脈を形成している。

この気概の存在は、論より証拠、共栄学園の校舎の中を歩いてみたり、部屋に足を踏み入れたりするならば、すぐにも伝わってくる。それは、ピカソやラファエロの母子像のディスプレイに表れているのだ。実は、これらは、生徒たちの模写作品だ。しかし、なぜ「母子像」でなければいけないのだろうか。

佐藤校長はすぐに応えてくれた。「母子像を模写する行為を通して、子を思う母親の気持ちを感じてもらいたいからです」と。なるほど、天才の描いた芸術作品を追体験するのであれば、その感情まで伝わってくるのだろう。そして、その感情に気づきそれを伝えようとする生徒たちの気持ちが、見る者に感動を与える。実は佐藤校長は、美術を担当している。これまた、芸術を通して人間教育をしているというわけである。

さて、共栄学園は、21世紀には共学構想を実現しようとしている。芭蕉の言葉通り、社会や時代が要望するものに対応しながら、古人の求めたる所をもめようというのだ。もちろん、ここでいう古人の求めたる所とは、遠い昔の人々の思いではない。創立当初から続く共栄学園の教育理念のことである。この理念を、佐藤校長の言葉で言うならば、
「慈悲の心を持つと同時に視野の広い自立した人間を育成する」ということになろう。

佐藤校長は、独自の美学的観点から共栄の未来をこう予言する。「ルノワールは近代絵画の母。セザンヌは近代絵画の父、ピカソは彼らの子供である。母からは慈悲を学び、父からは自立の強さを学ぶ。美しさより目に見える物象の存在の強さそのものを、自然の根源を描いたセザンヌに学ぶことは、混迷極まる現在には大切なことである。そして、ピカソがセザンヌを発展させ、従来の遠近法を乗り越える複眼の平面化を確立したように、21世紀を生きぬく広い視野を育てたい。女子教育から出発したからこそ、この慈悲の心を学ぶチャンスを生かせたし、同時に社会の推進力に距離を保ちながら対応できる複眼思考の大切さに気づけた。これを前提に自立した人間を育成する教育環境は、男性原理の社会構造が崩れようとしている21世紀においては、女子にも男子にも開放しなければならないだろう。」

共栄学園の水の勢いは、古い社会構造の岩盤を押し流し、21世紀へと水脈を注ぎ込むことになるのである。

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