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女子聖学院中学・高等学校
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)
村治佳織と女子聖学院

村治佳織の奏でるヘンデルのソナタ。ここに女子聖学院6年間の彼女の学園生活を垣間見ることができる。このソナタは、女子聖学院を卒業するかしないかの時期に出された彼女の3枚目のCD「SINFONIA」に収められている。現在20歳の彼女は、パリのエコール・ノルマール音楽院に留学中である。
 中2のときに、レオ・ブローウェル国際ギター・コンクールや東京国際ギター・コンクールで優勝し、中3で1枚目のCDアルバムを発表。もちろんその後の活躍は、テレビでも幾度も放送されているので、ここで説明するまでもないだろう。
 ここで確認しておきたかったことは、まさに彼女の中高6年間というのは、村治佳織の個性を公共の場に豊かに広げた時期にあたるということだ。
 その時期の最後に「SINFONIA」というアルバムが発表されたのである。優れた芸術家のつくりだす作品は、彼女自身の置かれている状況やそこでのさまざまな出会いをはっきりと表出するものだ。だからこそ、この3枚目のアルバムの、特にヘンデルのソナタは重要なのである。
 真に時代を超える孤高な散歩者ヘンデルの曲であることが、実に村治佳織のこれからの道を思わせるのであるが、なによりも独り歩いていく彼女を見守る人たちのまなざしの多さに感銘を受けるのである。
 福田進一というこれまた有名なギターリストが、愛弟子、村治佳織の18歳の誕生日に、あるバイオリンソナタをギター独奏のために編曲して贈った。その曲が、このヘンデルのソナタなのである。
 この福田進一と女子聖学院の小倉校長は、村治佳織が6年間をどう送っていったらよいのかについて話し合っている。校長は彼女を特別扱いすることは全然できない、女子聖学院の学園生活は、決して彼女の才能の芽をつむことはないはずだという信念を持っている。しかし、独断と偏見を嫌うキリスト教的民主主義を貫く校長は、福田進一と話し合うことを避けなかった。福田のほうも、特別扱いをする必要はないし、むしろその方が本人のためになると考えていた。
 一方、小倉校長は、村治佳織の父親とも話し合った。子供の中にある隠れた素質を見事に引き出し開花させる父親の洞察力や実行力を発見し、感動も受けた。そして、そういうものの見方が、女子聖学院にあるかどうか思い巡らしもした。父親のほうでも娘をどう育てるかで悩み、校長と手紙のやり取りをしていた。教師としての校長先生と生徒としての村治佳織とその父親が互いに学び合える環境がそこにはあったのである。
 さて、村治父子が女子聖学院を選んだのは、中3から高校にかけてギターの力がつくから、高校受験のない一貫教育の学校が望ましかったからだが、なんといっても女子聖学院のチャペルが、村治佳織の演奏空間としてぴったりだと思ったからだそうだ。この空間はもちろん設計士と校長の話し合いでできあがった生きた空間ともいうべきものであった。村治父子は、入学する前から、空間に配慮された校長の精神を見抜いていたのだ。
 そして村治佳織が中3のとき、このチャペルでの演奏が実現した。演奏は独りではできない。聞き手がいてはじめて成り立つ。村治佳織と女子聖学院の生徒たちが、ギターという言葉を通じてコミュニケーションをするのが演奏活動である。このコミュニケーションのチャンスを女子聖学院は作ったということになる。
 本題から反れてしまったかのように思われるかもしれないが、そうではない。村治佳織の奏でるヘンデルのソナタとのコミュニケーションが、実は女子聖学院の学園生活の中で、彼女がいろいろな人と出会ってきたことやその出会いがどんなに価値あるものであったかということを引き出すことになるということを言いたかったのである。しかも、村治佳織は、女子聖学院においては、ひとりの女子生徒であったし、あり続けるのである。
 大切なことは、村治佳織の中高6年間の出会いと対話のチャンスが、女子聖学院の生徒1人ひとりに開かれているということだ。村治佳織の奏でるヘンデルに耳をすませば、きっとそのことがわかるだろう。

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