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世の中は、中教審だ、教育再生会議だと、相変わらず教育談義は尽きない。1989年ベルリンの壁が崩壊し、学びのグローバリゼーションの流れが世界標準になって久しいというのに、相も変わらず、20世紀土建国家型知識ベースの教育に固執している。東大でさえ、経済と経営以外に新たに金融工学の学科を新設している。東大には毎年3000人強しか入学しないから、国民的な興味と関心は東大の変化には届かない。困ったものだ。
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いずれにしても産業構造は大いに変化している。官庁統計では産業構造の変化に対応できないから、日本の産業構造の変化がうまく統計上表現されない。しかし、明らかにリチャード・フロリダのいうクリエイティブ・クラスによる新たな産業が21世紀社会のリーダーシップを発揮していることは確かだ。
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イギリスの(これもまた)リチャード・バーブルックは、21世紀のロンドンの大変化にリチャード・フロリダのクリエイティブ・クラスの考え方が直接影響を与ええていると論じている。バーブルックは、アダム・スミス以降の近代市民社会形成リーダーシップを表現するキーワードを膨大な文献整理をして、リスト・アップした。目次を紹介しよう。その時代その時代でリーダーシップを発揮するクラスを表現するキーワードは生まれているというのだ。リーダーシップを発揮しているニュー・クラスとして78のキーワードが並んでいる。ニュー・クラスの系譜学をバーブルックは探究していると言えよう。
1 The Philosophers – Adam Smith (1776) ... p.051 2 The Industrials –
Henri Saint-Simon (1819) ... p.052 3 The Civil Servants – Georg Hegel
(1821) ... p.053 4 The Bohemians – Adolphe d’Ennery and Grangé (1843)
... p.053 5 The Bourgeoisie – Karl Marx and Friedrich Engels (1848) ...
p.054 6 The General Intellect – Karl Marx (1857) ... p.054 7 The
Self-Made Man – Samuel Smiles (1859) ... p.055 8 The Labour Movement –
Karl Marx (1867) ... p.055 9 The Educated Working Man – Thomas Wright
(1868) ... p.056 10 The Superman – Friedrich Nietzsche (1883) ...
p.057 11 The Aristocracy of the Working Class –Friedrich Engels (1885)
... p.058 12 The New Middle Class – William Morris (1885) ...
p.058 13 The Intellectual Proletariat – William Morris (1888) ...
p.059 14 The Vanguard Party – V.I. Lenin (1902) ... p.059 15 The
Samurai – H.G. Wells (1905) ... p.060 16 The Bureaucrats – Max Weber
(1910) ... p.060 17 The Scientific Managers – Frederick Winslow Taylor
(1911) ... p.060 18 The Labour Aristocracy – V.I. Lenin (1916) ...
p.061 19 The Labour Bureaucracy – Gregory Zinoviev (1916) ...
p.061 20 The Blackshirts – Mario Piazzesi (1921) ... p.062 21 The
Engineers – Thorstein Veblen (1921) ... p.062 22 The Fordist Worker –
Henry Ford (1922) ... p.063 23 The Open Conspiracy – H.G. Wells (1928)
... p.064 24 The Intellectuals – Antonio Gramsci (1934) ... p.065 25
The Managerial Class – James Burnham (1941) ... p.065 26 The
Entrepreneurs – Joseph Schumpeter (1942) ... p.066 27 The Inner Party –
George Orwell (1948) ... p.066 28 The New Middle Class – C. Wright
Mills (1951) ... p.067 29 The Power Elite – C. Wright Mills (1956) ...
p.067 30 The Organisation Man – William Whyte (1956) ... p.068 31
The New Class – Milovan Djilas (1957) ... p.069 32 The Specialists –
Ralf Dahrendorf (1957) ... p.069 33 The New Class – J.K. Galbraith
(1958) ... p.070 34 The Industrial Managers – Clark Kerr (1960) ...
p.070 35 The Order-Givers – Cornelius Castoriadis (1961) ...
p.071 36 The New Working Class – Serge Mallet (1963) ... p.072 37
The Knowledge Workers – Peter Drucker (1966) ... p.072 38 The
Educational and Scientific Estate – J.K. Galbraith (1967) ... p.073 39
The Technocrats – Alain Touraine (1969) ... p.074 40 The Hippies –
Abbie Hoffman and Jerry Rubin (1969) ... p.074 41 The Produsumers –
Décio Piganatari (1969) ... p.075 42 The Scientific Intellectual
Labourers – Ernest Mandel (1972) ... p.076 43 The Knowledge Class –
Daniel Bell (1973) ... p.077 44 The Intermediate Layers – Harry
Braverman (1974) ... p.078 45 The New Petty-Bourgeoisie – Nicos
Poulantzas (1974) ... p.079 46 The Professional-Managerial Class –
Barbara & John Ehrenreich (1975) ... p.079 47 The Proletarianised
Professionals – Stanley Aronowitz (1975) ... p.080 48 The
Post-Modernists – Jean-François Lyotard (1979) ... p.081 49 The
Socialised Workers – Antonio Negri (1980) ... p.082 50 The White-Collar
Proletarians – Michael Kelly (1980) ... p.083 51 The Nomads – Gilles
Deleuze and Félix Guattari (1980) ... p.083 52 The Prosumers – Alvin
& Heidi Toffler (1980) ... p.084 53 The Post-Industrial
Proletarians – André Gorz (1980) ... p.085 54 The Entrepreneurs –
George Gilder (1981) ... p.086 55 The Venture Capitalists – John
Naisbitt (1982) ... p.087 56 The Hackers – Steven Levy (1984) ...
p.088 57 The Cyborgs – Donna Haraway (1985) ... p.088 58 The
Symbolic Analysts – Robert Reich (1991) ... p.089 59 The Virtual Class
– Arthur Kroker and Michael Weinstein (1994) ... p.090 60 The Netizens
– Michael & Ronda Hauben (1995) ... p.090 61 The Digerati – John
Brockman (1996) ... p.091 62 The Multipreneurs – Tom Gorman (1996) ...
p.091 63 The Immaterial Labourers – Maurizio Lazzarato (1996) ...
p.092 64 The Digital Artisans – Richard Barbrook and Pit Schultz (1997)
... p.093 65 The Digital Citizen – Jon Katz (1997) ... p.094 66 The
Swarm Capitalists – Kevin Kelly (1998) ... p.094 67 The New
Independents – Charlie Leadbeater and Kate Oakley (1999) ... p.095 68
The Elancers – Helen Wilkinson (1999) ... p.096 69 The Multitude –
Antonio Negri and Michael Hardt (2000) ... p.096 70 The New Barbarians
– Ian Angell (2000) ... p.097 71 The Bobos (Bourgeois Bohemians) –
David Brooks (2000) ... p.097 72 The Cognitariat – Franco Bifo Berardi
(2001) ... p.098 73 The Free Agents – Daniel Pink (2001) ...
p.099 74 The Cybertariat – Ursula Huws (2001) ... p.100 75 The
Netocracy – Alexander Bard and Jan Söderqvist (2002) ... p.100 76 The
Precariat – Frassanito Network (2002) ... p.101 77 The Creative Class –
Richard Florida (2002) ... p.102 78 The Pro-Ams – Charlie Leadbeater
and Paul Miller (2004) ... p.103
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なぜ日本の教育関係者の議論が井戸端会議になるかというと、キャリア・デザインに力をいれよう、人材育成に力を入れようといっても、リーダーシップあるいはニュー・クラスの系譜学を検証していないから、たとえば上記のリスト78の中の、どれかを論者達が好き勝手に言い放っているだけなのである。
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リチャード・フロリダなどは、このような歴史を踏まえた上で、新しい概念(知識)を創っているのだ。独り善がりな概念ではない。しかし、日本の教育関係者は、まったく系譜学を無視して、すでにある78のうちのどれかを指しているにもかかわらず、オリジナルの考え方だと大きな声を出して、偉そうに語っている。
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そしてまた、系譜学を無視するから、すでにあった考えやプログラムを時代に合わせて活用しようとすると、古いとか模倣だとか、ぎゃーぎゃー吼えまくる。単なる見識のなさを露呈しているだけなのに、権威を持ち出して、非難する。知は人類の共有財産なのである。古くて新しいものなのである。少しずつ進化するのだが、雰囲気の悪い言動で、その進化の速度を遅くしたりチャンスを奪おうとする。タチの悪いことに、それが正義だと思い込んでいるのだ。私的抑圧的正義と公共的リベラリズムとしての正義との差異など考えようともしない権威主義者。
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そのような権威主義者が跋扈している学校や学びの環境を私は選択しない。もちろん選択は私事の自己決定なのだから、最終的には自由なのだ。だから、あるべき教育とは何かを論じる必要などない。私はクリエイティブ・クラスあるいはそれを超える(洗足学園の前田校長は超えようとしている)人材を創出する学校選択の指標を作り出すことと、新しい学びのプログラムを創出して実践するだけのことである。
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私の12の学校選択指標仮説については、最近幾つかの出版社や論者に取り上げられるようになった。12の学校選択指標の仮説の検証方法として、≪私学の系譜≫を追っているし、Inglehart
&
Welzelの国際文化に関する比較指標のデータも調べている。彼らのデータは、国際競争力ランキングやリチャード・フロリダのクリエイティブ・クラス指標に通じる多角的クロス集計がなされている。12の学校選択指標はどこかで世界標準とつながり超えていなければならないからである。超える?と思われる方もいるかもしれないが、これは≪私学の系譜≫を追跡していくと19世紀末の日本の私学の思想はすでに世界標準を超えている価値を有している可能性があるということがわかる。
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1900年、≪私学の系譜≫の第2世代である新渡戸稲造は、あの「武士道」を英文で出版している。おそらくこの書の影響は、H.G.ウェールズにも影響を与えたのだろう。リチャード・バーブルックのニュー・クラスのリスト15番で、ウェールズは「サムライ」と名づけているぐらいだ。バーブルックは、ウェールズの次の部分を引用している。
The Samurai – H.G. Wells (1905) ‘Typically, the samurai are
engaged in administrative work. Practically the whole of the responsible
rule of the world is in their hands; all our head teachers and
disciplinary heads of colleges, our judges, barristers, employers of
labour beyond a certain limit, practising medical men, legislators, must
be samurai, and all the executive committees… that play so large a part in
our affairs are drawn by lot exclusively from them. The order is not
hereditary … The samurai are, in fact, volunteers… our Founders … made a
noble and privileged order … open to the whole world.’ H.G. Wells, A
Modern Utopia, pages 222-223.
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全くもって「武士道」さながらの定義ではないか。歴史というのを物理的な時間としてしか理解しないと、過去のものは、過去というだけで、かび臭く感じるのだろうが、その時点で世界標準から外れてしまう。世界標準を理解するには普遍性を理解する必要があるが、過去は過去というだけで古いと感じたとしたら、普遍性を理解していないと言っているようなものである。≪私学の系譜≫は、この普遍性を求める旅でもある。したがって、過去に未来を見いだすことは≪系譜学≫の場合はあり得る話だ。
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さて、もう1つのクリエイティブ・クラスあるいはそれを超える新しい学びのプログラムを創出・実践することに関してであるが、Honda「発見・体験学習」のソフト部分創りにかかわって8年目を迎える。8年前に比べると、多くの学校とコラボレーションが進んでいる。
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この8年間、独り善がりなプログラムに陥らないように、Honda流儀を求めて、Hondaスタッフの方々と議論を続けてきたし、アメリカのチャータースクールやプレップスクール、フィンランドの教育視察、アルザスのプログラム制作、イギリスの海外プログラムの制作を通して、世界標準を足場にしようと努力してきた。また同僚の岡部憲治のOECD/PISAの研究過程で議論にも参加してきた。
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そして最終的には知識を「教える」必要はないというところに行き着いた。これは知識は必要ないということではない。むしろ膨大な知識を必要とするのが、21世紀社会。だから、静的な知識をブロックのように積み上げていく教育ではなく、動的な知識自体が端子を出し、従来結びつかなかったようなものを結びつけ新たな関係を広げていく学びの環境こそ重要なのである。
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この知識が関係を広げていく動きを表現するために“Knowledging”という造語をつかった。教育いや学びのベースは、1989年までは、“Educated
Knowledge”だったが、それ以降は“Logical Knowledging”→“Creative
Knowledging”へと進化している。
◆ しかもその学びの過程は、図のように極めてシンプルである。これについては、次回語ることにする。

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