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Unbelievable!文科相の「人権だけ食べ過ぎれば人権メタボ症候群」発言

2007年2月28日
by 本間勇人

◆ 毎日新聞(2月26日11時34分配信)によると、「伊吹文明・文部科学相は25日、長崎県長与町で開かれた自民党長与支部大会で『教育再生の現状と展望』と題して講演し、『人権だけを食べ過ぎれば、日本社会は人権メタボリック症候群になる』と発言した。また、『大和民族がずっと日本の国を統治してきたのは歴史的に間違いのない事実。極めて同質的な国』などとも述べた。」という。

◆ その場にいたわけでも、講演すべてを聞いたわけでもない。毎日新聞の断片的な文言を見ているだけだから、前後の文脈もわからない。しかしながら、「権利と自由だけを振り回している社会はいずれだめになる。これが今回の教育基本法改正の一番のポイント」と言ったとなると、これはやはり自由主義社会、民主主義社会に対する挑戦であるとしか言いようがない。

◆ 人権を「侵すべからざる大切なもの」としたうえで持論を展開したというが、そもそも「権利と自由だけを振り回す」という感覚がダメなのである。「権利と自由」は、自由主義社会、民主主義社会では、大前提なのである。それを振り回しているかどうかを議論も裁判も通さず、初めから法律で規制しようという方がはるかに独善的で、権威主義的で、官尊民卑的発想。

◆ 「権利や自由」は市民1人ひとりにとって得がたい生きる力であることを、否定する感覚である。その感覚が改正教育基本法の一番のポイントであるとは、まったくアナクロニズムと言うしかない事態である。

◆ それにつけても、この点に関し、時事通信(2月26日19時0分)によると、安倍首相は「権利には義務が付き物、自由には規律が大切ということを言っていると思う」と擁護したという。

◆ まったく馬鹿げている。権利と義務は確かに表裏一体だが、権利を奪う義務ではなく、権利を保障する義務なのだ。自由と規律は表裏一体だが、自由を規制する規律ではなく、自由を保障する規律なのだ。

◆ どのような義務が、権利を奪うか保障するのかを政治家や官僚が勝手に判断しないのが、文部科学省の大臣や首相の「義務」なのだ。どのような規律が自由を奪うのか保障するのか政治家や官僚が勝手に判断しないのが、文部科学省の大臣や首相の守るべき「規律」なのである。

◆ 世論やマスコミの言論、国会の言論、司法の判断を通す以外に、勝手に何が義務か、何が規律か決定できないのである。もちろん個人として表現の自由も、言論の自由もあるが、まさか文科相や首相は、公器に向かって私的な発言をしたわけでもあるまい。

◆ もっとも、一方で、時事通信(2月25日21時0分配信)によると、中央教育審議会は25日の総会と分科会で、地方教育行政法改正案における教育委員会に対する国の関与の在り方をめぐって意見集約が難航、結論は持ち越されているということだ。

◆ また、同通信(2月26日19時1分配信)によると、「政府の規制改革会議(議長・草刈隆郎日本郵船会長)は26日、教育委員会制度改革の焦点となっている国の権限強化について『いたずらに強化しても無意味だ』と強く反対する文書を公表した。」という。

◆ 伊吹文明文科相の「権利と自由だけを振り回す」という表現、安倍首相の「権利には義務が付き物、自由には規律が大切ということを言っていると思う」という表現には、権限強化の匂いがあることを指摘する健全な考え方もあるのだ。

◆ この無意味ないたずらに強化する行為の根っこを掘り起こしていくと、権限強化→権力強化→富国強兵→国家主義という明治政府以来見え隠れしながら続いている権力志向が露になる。伊吹文明文科相の「大和民族がずっと日本の国を統治してきたのは歴史的に間違いのない事実。極めて同質的な国」という表現は、まさに国家主義的発想の典型である。

◆ どうやら、安倍政権は、まだまだ多くの政官財界人の深層に隠れている官尊民卑の発想や国家主義的志向を露呈する劇場なのであろう。この膿を出すことにより、本当に日本が成熟した社会になるために必要な最後の大きな役割を担っていると言えよう。と考えてみるしかないか。



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