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2007年中学受験が日本の初等中等教育を変える

2007年2月3日
by 本間勇人

◆ 2007年首都圏の中学受験者人数は過去最高と言われている。量の変化は質の変化を引き起こす。しかも東京の場合、受験率が30%になるだろうから、私立中高一貫校を選択する保護者の教育に対するものの見方や考え方を無視することはできなくなる。東京の初等中等教育の質は大きく転換していくはずだ。

◆ どのように教育の質が転換していくかは、保護者の側の要求を考えると見えてくる。

(1) 創意工夫のできる教師の要求。
(2)子どもの気持ちを受け入れられる高感度な柔らかいハート(創造的コミュニケーション能力)を持った教師に期待。
(3)受験は言うまでもなく、キャリア・デザイン・ファシリテーターとしての教師を要求。
(4)芸術的センスを養える環境を希求。
(5)グローバリゼーションの視野を持った環境を要求。
(6)世界で活躍できるリーダーシップ観を有した環境を要求。
(7)イノベーションを生み出す創造的才能を開発できる環境を要求。

◆ これに対応できる教師を有し、経営できる中等教育段階の学校は、今のところ私立中高一貫校しかない。それゆえの中学受験者人数過去最高という現象を生んでいるのであろう。

◆ さて、この前提で今年の中学受験の現象を見てみると、偏差値が50いかないが、上記の7つの時代の要請に対応できると評価された学校が、生徒募集を増やしているのである。私はこのような学校を「クオリティ・スクール」と呼び、50以上の学校で、なおかつ時代の要請に応えている学校を「エクセレント・スクール」と呼んでいる。そして前者と後者を合わせて「クリエイティブ・スクール」と呼んでいる。

※ 「クリエイティブ・スクール」については、次のサイト参照
→http://www.netty.ne.jp/flipper/book3.html

◆ この「クリエイティブ・スクール」の中の「クオリティ・スクール」に生徒が急激に集まると、ある大きなジレンマが、先生方と受験生の保護者との間に生まれる。「エクセレント・スクール」は保護者と受験生の方に挑戦と諦念というメンタル・ケアが自分たちの中で解決される雰囲気(本当はこのメンタル・ケアをきちんとするコミュニティが重要。現在は実は塾が担っている)が自動的にできているが、「クオリティ・スクール」の場合はそれができていないケースがほとんどだろう。

◆ 何が生まれているのかというと、今まで「クオリティ・スクール」は説明会などで、自分たちの魅力が伝わるように、最大限のおもてなしをしてきた。特に面談を通して、いろいろな相談にのって、コミュニケーションを密にしてきた。ある意味それぞれの「クオリティ・スクール」では中学入試前からゆるやかな共同体意識が生まれてしまっているのであった。それでやっと何とか定員ギリギリを維持してきた。それが98年以降の中学入試募集の現状であった。

◆ それが、そのような「クオリティ・スクール」に昨年と今年、応募者が急増したのだ。応募定員をはるかに超えてしまい、急遽クラスを増設するなどということが起こっている。

◆ しかし、それには限界がある。学則定員は超えられないのだ。応募者は学則定員より少なく設定しているのが「クオリティ・スクール」の特徴だから、登録してある学則定員まではなんとかなるが、それ以上は規定に反することになる。

◆ すると従来は、試験前にできたゆるやかな共同体意識を、試験後も継承できたのに、今年からは、突然意識を持ったまま門前払いをくらってしまうという、わかってはいたけれど、これが現実だというショックが湧き起こる。これは教師側、受験生・保護者側の両者に起こるのだ。

◆ このメンタル・ケアは、自己責任で済む問題でもない。私立学校全体でケアできるシステムを創らなければならないという≪歴史的必然≫が生まれるのである。「エクセレント・スクール」の場合は、その衝撃を、今までは「エリート・スクール」(時代の要請に必ずしても応えていないが、大学進学実績は出していた)が吸収していた。おそらくこれからは「クオリティ・スクール」が吸収するという流れになるだろう。これも今年の変化の1つになると思う。

◆ しかし、問題点は「クオリティ・スクール」の衝撃については、「トラディショナル・スクール(建学の精神を時代の要請に対応させるのに時間がかかっており、そのため大学進学実績もまだ出ていない)」が必ずしも吸収できていないというのが現状だということだ。

◆ そうではあるが、ここで光が見えてくる。この「トラディショナル・スクール」から「クオリティ・スクール」になるべく速やかに学内全体で組織化するところが出てくるのである。これもまた≪歴史的必然≫である。

◆ わかりやすく図式的に説明すると、従来「エクセレント・スクール」に挑戦して、上手く行かなかった場合、併願で他の「エクセレント・スクール」に進学できた場合は全く問題ないが、「エリート・スクール」に進んだ場合、挫折感を抱きながら「妥協」感が残ってしまった。

◆ しかし、「クオリティ・スクール」という新しい考え方を受け入れる選択者は、同じ「クリエイティブ・スクール」内であるから、それは「妥協」ではなく、納得のいく「創造」的解決になるわけである。

◆ ところが、「エクセレント・スクール」の挑戦がうまくいかず、「トラディショナル・スクール」に進学する道はあるのかというと、従来だと「妥協」も通り抜けて「撤退」という道をとったと思う。「クオリティ・スクール」という新しい学校選択の考え方に賛同する場合、「妥協」でもなく、「撤退」でもない、「創造」的解決というメンタル・ケアが成り立つ。これは気は持ちようなどというコトとは別次元。慰め正当化する考え方ではなく、「クオリティ・スクール」で自分の才能を開花する道の選択意志の決断ができるということを意味する。現実に背を向けて、正当化するのとはわけが違うのだ。

◆ さて、「クオリティ・スクール」に挑戦して、うまくいかなかった場合、「トラディショナル・スクール」で「創造」的解決はできるだろうか。それはできる。「トラディショナル・スクール」で、3年以内に「クオリティ・スクール」になるという学校を探すことによって未来を「創造」すれば可能なのだ。ただし、これは進学した場合、生徒も保護者も、「クオリティ・スクール」になるように、惜しみなく協力しなければならない。まさに「創造」的解決なのである。

◆ 「クオリティ・スクール」に進学できなかったときの大きな衝撃を吸収するために、私学間も学校も保護者も「ゆるやかな理念共同体」というコミュニティ機能を実現・強化する時代が到来した。このような中学受験が、日本の公教育のあり方に影響を与えないはずはないのである。



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