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| 聖セシリアの創立者伊藤静江先生没後35年記念出版 |
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2006年2月17日 |
| ◆ 聖セシリアの創設者伊藤静江先生の35回忌記念出版として、その足跡を記した小冊子が出版された。小さな野のすみれのようにかわいらしいけれど、そこには信仰に貫かれた生き様が描かれている。
◆ 91年前に小田急江ノ島線が開通した時に聖セシリアは誕生した。電鉄は人を運びコミュニケーションを広げる。人々の住まう町と町を結び、生活を社会を豊かにしてゆくきっかけを創る。しかしそれは同時に豊かな都市づくりも必要になる。豊かな都市が増えそれを結ぶからこそ豊かな日本社会ができていく。東武鉄道の創設者根津嘉一郎氏は武蔵学園を、東急電鉄の創設者五島慶太氏は慶応大学(日吉)、東工大(大岡山)を誘致し、東横学園を自ら創設。その支援者渋沢栄一氏は東京女学館や日本女子大の創設の仕掛け人だ。 ◆ 同じように小田急電鉄の創設者利光鶴松氏を父とする伊藤静江先生は、豊かな生活を支える教育の建設に乗り出した。ただ聖セシリアの場合、他の電鉄の創設者が創った学校とは違い、創設者本人によって創られたわけではないから、その精神の純粋性は限りなく気高いものになったのだろう。伊藤静江先生は熱心なカトリック信者で、その教育活動は遠くバチカンや日本のカトリックの本山カテドラルの住人である大司教による評価が高かったという。 ◆ それにしても当時日本が近代社会として動き始めたものの、まだまだ封建主義、家父長主義の名残が色濃かったはずであるのに、世界的視野に立った教育を志し、その当時から良妻賢母の女子教育ではなく、「自分の意思を持って行動する、自立した女子」を育む教育を実践したのはいかなる理由があったのだろうか。
◆ たしかに企業レベルだけではなく社会全体がまだまだ草創期であったとき、新しい社会建設に向けて優れた先見性を発揮していた父親の影響も受けたのだろう。多くの文化人や知識人とのネットワークも大いに活用できたのであろう。しかし、それだけで90年以上精神を継承する教育が成り立つわけではない。 ◆ おそらく伊藤静江先生の目には、日本が官僚主義的近代化路線を選択したときから、物質主義でもなく成金主義でもない健全な精神主義を大事にするもう1つ別の近代社会の建設を支える人材を育成する教育の姿が見えていたのだろう。そのような社会が建設され、その持続可能性を永遠に見守りつづけるために、聖セシリアにカトリック的な精神を御聖体とともに篭めたのではないのだろうか。そのために伊藤静江先生は「私は勇敢に戦い、走るべき道を走り尽くし、信仰を守り通し」たのである。 |
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